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  • おんぎくでんこうぎ げ。 だいにじゅうご、こんりゅうごほんぞんとうのこと。

  • 投稿者:赤胴鈴之助
  • 投稿日:2018年 8月 8日(水)01時13分55秒
 
 おんぎくでんこうぎ げ。
だいにじゅうご、こんりゅうごほんぞんとうのこと。

つうげ
 ないしょうのじゅりょうほんを、こんりゅうするところのごほんぞんについて、おんぎくでんには、つぎのようにおおせである。
 このほんぞんのえもんになっているのは、じゅりょうほんだいじゅうろくの、にょらいひみつじんつうしりきのもんが、これなのである。
 かいじょうえのさんがくは、そのきゅうきょくは、ないしょうのじゅりょうほんにとかれるじのさんだいひほうがそのじったいなのである。
 にちれんだいしょうにんは、さんだいひほうをたしかに、りょうじゅせんにおいてめんじゅぐけつをうけ、いまだいしょうにんのいっしんにもっているのである。
 したがって、ほんぞんとは、まっぽうのほけきょうのぎょうじゃ、すなわちごほんぶつにちれんだいしょうにんのいっしんのとうたいなのである。


こうぎ
にょらいひみつじんつうしりきのもんが、だいごほんぞんのえもんであることは「だいににょらいひみつじんつうしりき」のなかでのべたごとく、にょらいひみつは、ちゅうおうの「なんみょうほうれんげきょう、にちれん」をあらわし、じんつうしりきは、さゆうのじっかいさんぜんをあらわすのである。
 にょらいひみつはたいのさんじん、じんつうしりきはゆうのさんじんであり、ともに、にちれんだいしょうにんのいっしんおよび、しんぐのじっかいさんぜんであり、だいごほんぞんそれじたいなのである。
 されば、おんふみに、「ほんぞんとはほけきょうのぎょうじゃの、いっしんのとうたいなり」とおおせられたのである。
 また「かいじょうえのさんがくは、じゅりょうほんのじのさんだいひほうこれなり」とは、およそ、かいじょうえのさんがくはぶっかのきそくであり、ぶっぽうをろんずるには、しゅゆもこれをはなれるわけにはゆかぬのである。
 だが、そのきょうほうは、いかんによって、かいじょうえのないようは、それぞれことなる。
 しかして、まっぽうの、じゅりょうもんていげしゅのぶっぽうにおける、かいじょうえは、このおんふみにおおせのごとく、じのさんだいひほうとなるのである。
 すなわち、かいはほんもんのほんぞん、じょうはほんもんのかいだん、えはほんもんのだいもくとして、こんりゅうされたのである。
 これにかんれんして、にっこうしょうにんの、つぎのじょうぎょうしょでんさんだいひほうぐけつのおんふみを、いんようしておきたい。
 「いちにはほんもんじゅりょうのだいかい、こくうふどうかいをむさのえんかいとなづけ、ほんもんじゅりょうのだいかいだんとなづく、にには、ほんもんじゅりょうのほんぞん、こくうふどうじょうをほんもん、むさ、じのいちねんさんぜんとなづけ、さんには、ほんもんじゅりょうのみょうほうれんげきょう、こくうふどうえを、じじゅゆうほんぶんのむさの、えんねとなずづく」と。
 また「にちれんたしかに、りょうぜんにおいてめんじゅぐけつせしなり」の、おんふみは、さんだいひほうしょうのおんふみと、まったくおなじおおせであり、にせんよねんまえの、りょうじゅせんのふぞくのえざで、げんぜんとさんだいひほうのふぞくをうけたと、つよきかくしんをもってのべられている。
 これ、にちれんだいしょうにんのさとりであって、ぼんちをもってはかりがたい。
 だが、あのそうごんなるじんりきほんのふぞくのぎしき、まっぽうにじょうぎょうぼさつのしゅつげんをよげんした、かずかずのきょうもん、そのた、まっぽうせそうのよげんとうとう、にちれんだいしょうにんのおしゅつげんなくば、ぶっきはみな、こもうとなってしまう。
 まことにふしぎなおんふみではあるが、このうごかしがたいふごうをもって、このおんふみをしんじ、またそのうえにたって、ふかくせいめいろんのうえから、しさくすべきである。
 しかして、このようにしゃくそんよりじょうぎょうぼさつとして、ふぞくをうけたのは、いまなお、げゆうのたちばであり、さらに、ふかくごないしょうのへんよりろんずれば、にちれんだいしょうにんは、しゃくそんをはじめ、じっぽうさんぜのしょぶつをしゅっしょうし、これらのほとけの、いちどうにきいつしていくべき、くおんがんじょのじじゅゆうしんのさいたんであられる。
 このたちばよりろんづれば、あのりょうじゅせんのぎしきは、きょうそうのへん、もんじょうのへんはろんがいとして、かんじんのへん、もんていのへんよりろんずれば、まったくくおんがんじょのぎしきであり、しゃくそんよりぐけつそうじょうしたという。
 このしゃくそんは、くおんがんじょ、じじゅゆうほっしんにょらいであらせられる。
 じょうぎょうぼさつとして、ふぞくをうけたとは、せいめいろんからいえば、じょうぎょうとは、がをあらわし、さんぜじょうじゅうにつづきゆくせいめいのほんしつに、くおんがんじょじじゅゆうほっしんにょらいの、せいめいをうけつがれたと、はいすべきか。
 そして、くおんがんじょじじゅゆうしんの、せいめいをうけつがれたごほんぶつが、まっぽうに、にちれんだいしょうにんとあらわれたもうたか。
 されは、ひゃくろくかしょうにいわく、「にちれんがしゅぎょうは、くおんみょうじのふるまいに、けにばかりもたがざるなり」(0863・・ふとよぎょうほけきょうのほんしゃく)と。
 またどうしょうにいわく、「くおんのしゃくそんのしゅぎょうと、いまにちれんのしゅぎょうとは、けしばかりもたがわざるしょうれつなり」(0864・・まっぽうじこくのぐつうのほんしゃく)と。
 またどうしょうにいわく、「くおんがんじょのけっちょうふぞくは、にちれんこんにちじゅりょうのふぞくとどういなり」(0865・・ほんもんふぞくのほんしゃく)と。
 くおんがんじょのけっちょうふぞくとは、まさしく、くおんがんじょにさんだいひほうのふぞくをうけられたことである。
 だがこれは、あくまでも、ぶっぽうのじんのんのほうもんであり、けっして、あさはかなどくだんはゆるされぬ。さらに、しんじんをふるいおこし、みずからのとうたいのうえに、かくちしていくべきであるとさけんでやまない。
 さいごの、「ほんぞんとはほけきょうのぎょうじゃのいっしんのとうたいなり」のおんふみは、ひじょうにじゅうようである。
 だいしょうにんのいっしんのとうたいが、そくごほんぞんなのである。
 だいしょうにんがまっぽうのにんほんぞんであるとのげんぜんたるしょうもんでなくしてなんであろう。
 これほどまでに、にちれんだいしょうにんは、まっぽうのしゅじょうのしんこうすべきごほんぞんをときあかされているのに、みのぶは、にちれんしゅうとうでは、いまなおしゃくそんをほんぞんとしている。
 まさにほとけのきんげんをふみにじるすがたであり、ふちおんのちくしょうというべきである。





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