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21世紀への選択 「対立的競争」から「協調的競争」へ P319

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年11月14日(火)01時41分44秒
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  21世紀への選択 「対立的競争」から「協調的競争」へ  P319

池田
 私は、昨今のNGOの活躍を見るにつけ、戸田会長が提唱した「地球民族主義」

の思想・・・今日の言葉で言えば、「地球市民意識」が着実に芽生えているのを実感

します。

大事なのはそうした草の根の運動です。

戸田会長は常々、「いかなる民族も犠牲になってはならない。

地球上から悲惨の二字をなくしていくのだ」と語っていました。

この思想の淵源には、牧口会長の「人道的競争」という共存共栄の理念があります。

牧口会長は一九〇三年に『人生地理学』という書を著し、"人類は、もはや「軍事的競

争」でも「政治的競争」でも「経済的競争」でもなく、「人道的競争」の時代を志向

すべきである"とし、こう訴えました。

「人道的方式といっても、単純な方法はない。

政治的であれ、経済的であれ、人道の範囲内においてすることである。要はその目的を

利己主義に置かず、自己とともに他の生活をも保護し、増進させようとするところに

ある。

反言すれば、他のためにし、他を益しつつ自己をも益する方法を選ぶことにある。

共同生活を意識的に行うことにある」と。

ここで重要な点は「人道」の「競争」ということを強調したことです。

「競い合う」ということを否定するのではなく、人類の真の進歩、発展、共生のために

競い合う、その人道的競争こそが新たな時代を開くと主張した点です。

まさに二十一世紀の平和のための"ホシ"がここにある感を深くします。

テヘラニアン
 いまから百年も前に、人類共存のためのビジョンをこれだけ明快に示していたことに、

驚きを覚えます。

これまで論じたように、今日の火急の課題は、時代の潮流を「対立」から「協調」

へ転じていくことにあります。

過去数世紀の世界を支配してきたのは、ホッブスのいう「万人の万人に対する闘争」と

いう考え方でした。

こうした世界では、いわば「ゼロ・サム」ゲーム・・・ある人にとっての幸福と安全は、

他の人間にとって不幸となり危険となる、ということになります。

池田
 こうした「敗者を生み出す世界」ではなく、「皆が勝者である世界(ウィン・ウィン・

ワールド)」を築くことが、地球社会のめざすべき指標といえますね。

私がかつて「平和提言」のなかで言及した、南アフリカでのマンデラ大統領の挑戦、

つまり、肌の色によって差別されない「虹の国」の建設のビジョンなどは、まさにその

好例といえましょう。

テヘラニアン
 私も提言を読み、深い感銘を覚えました。

マンデラ大統領が掲げるビジョンには、「各人の安全と幸福が、万人の安全と幸福の

前提条件である」という思想が息づいています。

そこでは、「プラス・サム」ゲームが前提となっているのです。

ホッブスの暗い悲観主義の代わりに、マンデラ大統領は、各人の内面に神性が潜在する

と想定して、楽観主義から出発しています。

それは、とりもなおさず、人間に潜む悪の側面ではなく、善の側面を信頼し、それを

び覚ます提唱なのです。

池田
 まさに、一人一人の人間の精神革命が欠かせませんね。

「皆が勝者である社会」を築くには、頭で納得するだけでなく、深き「内なる変革」が必要

となります。

この点、ロートブラット博士が以前、私に次のように語ったことがありました。

「『戦争』は人間を愚かな動物に変えてしまう力をもっている。

通常の状態では思慮分別のある科学者も、ひとたび戦争が始まると正しい判断を失って

しまう。

『野蛮』を憎んでいた人が、自から『野蛮』な行為に走る。

 そこに戦争の『狂気』がある」と。

テヘラニアン
 こうした狂気は、戦争に限らず、あらゆる悲劇を人類にもたらしてきました。

そんな痛い目にあってきたにもかかわらず、人間は過ちを繰り返してしまう・・・

私は、人間の"業"とでもいうべき、問題の根深さを感じざるを得ません。



 
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