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21世紀への選択 情報革命に欠かせない「魂の触れ合い」 P316 を投稿します。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年11月13日(月)03時20分13秒
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  第九章人間の安全保障・・・核兵器のない世界へ P290

21世紀への選択 情報革命に欠かせない「魂の触れ合い」 P316 を投稿します。

ポイント

*、テヘラニアン
 インターネットなどの通信手段を効果的に使ったICBLの運動は、旧来の

意思決定の手法の限界を打ち破ろうとする試みでもありました。

 民主主義は、ややもすると政治資金の集め方によっては腐敗します。

 政治家は一般の市民よりも、寄付金を出してくれる、兵器製造業者をふくむ企業の

利益に従いがちです。

*、池田
 インターネットに象徴される「情報革命」の利点は、博士の指摘されるように、

知識や情報が一部の人やグループに独占されることを防ぎ、民主的に、多くの人々に

共有されていくことにあるといえましょう。

であればこそ、知識や情報だけでなく、これらを真に活かす「知恵」をともに薫発して

いくことが重要となると私は思うのです。

 そのためにもやはり、人間同士の直接の対話を通した「魂の触れ合い」が欠かせない

と私は考えます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
インターネットでフェイクニュースを流して、米大統領は当選したのではないかと疑われていま
す。
一般でも、政治家でも宗教家でも、油断はできません。

昔は、秘密を知っても公表する場がなかったので、3号4号が居ると言う事も誰も知ることが無く
済みましたが、いまや、全世界に知られるようになりました。

しかしネットニュースは、真実と嘘のニュースとがごちゃ混ぜでネットに挙がってきます。
それに騙されないためには、正邪を見抜く智慧を磨かなければいけません。

牧口先生は、【「教育の目的は児童を幸福にすることである」】とされましたが、富国強兵が教育

の国是であり、目的だった当時にこのような言辞を述べることは、職を賭する覚悟の上だったとそ
の覚悟が、日蓮大聖人と相通じるものがあります。

鈴之助

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まなこ様の法華経の智慧 第三巻 より いただきました。 感謝!!
法華経は秘妙方便 ( p148)

名誉会長: 牧口先生は、教育の混乱の原因は、その目的があいまいなことであるとし、「教育の
目的は児童を幸福にすることである」とされた。

当時、“国家の役に立つ”人間をつくるのが教育の目的であると多くの人々が考えていた時に、余り
にも画期的な「児童本位」「人間本位」の教育観であった。


この信念から、創価教育の眼目も、一人一人が「幸福になる力を開発する」こととされたのです。
そして、医学にも技術があり、農業にも工業にも技術があるように、教育にも技術が必要である。

機械的な「注入主義」でも、無策の「人格主義(感化主義)」でもいけないと主張された。
技術 ?- すなわち「方便」です。

そして教師を「無技術」「技術」「芸術」と三段階に分けられたのです。
どう子どもたちを幸福にするか。

どう子どもたちの「幸福になる力」すなわち「価値創造の力」を引き出し、開示悟入させるか。
この一点に、牧口先生は全精魂を傾けられた。

それは学者の机上の教育論ではなく、現実の教育実践の中で、子どもたちを愛し、子どもたちを
救いたいという慈愛から生み出された教育の体系であった。


斉藤: 子どもたちへの慈愛から生まれた知恵だった ?- そこに創価教育学の生命があると思い
ます。
それで思い出されるのが、釈尊が仏法を説き始めるときの悩みです。
自分が悟った法を説くべきか否か、釈尊は迷いに迷います。

なぜ釈尊は逡巡したのか。そのときの様子を、方便品には、こう説かれています。

「私は仏眼をもって衆生を見た。彼等は貧しく、幸福への智慧もなく、生死の苦しみは絶え間なく
続いている。欲望に執着するありさまは、牛が自分の尻尾を追うがごときである。

貪りで自分自身をおおい、『大いなる仏』と『苦悩を断ずる法』を求めようとしない。このような
衆生のために、私は大悲の心を起こした」(法華経 p185、趣意)と。

遠藤: そして、衆生の余りの救い難さに愕然としたのですね。
「どのように救えばよいのか。悟った法をそのまま説くと、彼等は信ずることができなくて、反対
に法を破壊し、悪道におちてしまうだろう。

それなら、いっそのこと説かないでおいたほうがよいのか。過去の仏と同じような方法で説くべき
か」(法華経 p186、趣意)

斉藤: その時、十方の仏が、釈尊をこう励まします。「すべての仏と同じように、方便力を用いな
さい。
私たちも皆、そうしてきたのだから」(法華経 p187、趣意)それを聞いて釈尊は「仏のおっしゃる
通りにします」と喜び、決意する。

「我濁悪世に出でたり 諸仏の所説の如く 我も亦随順して行ぜん」(法華経 p187)
この場面は、先生の小説『新・人間革命』の「仏陀」の章で、学ばせていただきました。

名誉会長: 釈尊は「大悲の心」ゆえに悩んだのです。慈悲の「悲」とは「同苦」を意味する。

「救いたい」という思いがあるから、「どう救えばよいのか」と悩むのです。

そういう慈悲があるからこそ智慧がわく。それが「方便力」です。「人間教育」の芸術です。

仏とは、ある意味で、悩み続ける人のことかもしれない。人々の「幸福になる力」を開くために。
自身の使命を果たすために。

斉藤: 私たちが日々読誦している寿量品の最後の部分に「以何令衆生」(法華経 p510)とあり
ます。
「以何」とは「何を以ってか=どのようにして」という意味です。

ここにも、人々の幸福のために、どうしたらよいか常に考え続けているという仏の慈悲が表されて
います。

名誉会長: 方便品に「種種因縁。種種譬喩」(法華経 p153)とあるが、仏は相手に応じ、さま

ざまな因縁や譬喩を使って、正しい軌道に導こうとする。この仏の力を「方便力」と言います。

これは、その人のために、今、何を教えたらよいのかを知る力です。

言い換えれば、人々の生命状態を洞察する力であり、適切な教えを選びとる智慧の力です。
また、いかなる衆生をも成仏へと育んでいこうという慈悲の力です。

その根源には甚深無量の仏智があるのです。
 
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