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いろいろと考えました 3/4

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 8月11日(金)21時32分49秒
  通報 編集済
  人力車様の投稿
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72296

>離れた惑星同士、互いに影響しあってるのでしょうか?

人間も?<

池田:仏法では、あらゆる生物的存在を大別して「有情」と「非情」とに、分類しています。
  「有情」とは文字通り、情のある存在であり、情熱、情念、感情を有し、意識的精神作用を
   営む生命体です。

   人間生命は、この「有情」としての働きをもっとも鮮明にそなえていると言える。
   これに対し、「非情」とは意識とか感情などが生命の奥に埋没した生命体です。
   植物などは総じて「非情」界ですし、無生物は「非情」そのものです。

   おそらく小林氏(臨死体験をした作家)の生命状態は、「有情」から「非情」へと移って
   いったのです。
   こうした推移を生命の「我」は冷たくなると実感したのではないだろうか。

   ともあれ私達の色心は、(死によって)みずからが「非情」と化すと共に、「非情」と
   しての宇宙 ー つまり 物理的な宇宙 - に合流していくのです。
   冷たい地球、冷たい宇宙空間とは、まさに、物質としての星とか、空間を意味して
   いましょう。
   植物的生をへて、物質にまで還元されていく人間生命は、「非情」そのものとして、
  「非情」の宇宙に合一するのです。
     「生命を語る」第三巻 p163-4より

川田:日蓮大聖人の「三世諸仏総勘文教相廃立」には「此の三如是の本覚の如来は、十方法界を
   身体と為し、十方法界を心法と為し、十方法界を相好と為す」と記されています。

   この文の「三如是の本覚の如来」とは、大聖人の教えによれば、私達自身の「三身」の
   生命であり、「十方法界」は、全宇宙を意味します。
   したがって、この文は、私達の「三身」は、全宇宙と一体であるとの意味になります。

   しかも、この「総勘文抄」に述べられている様に、生死不二ですから死の生命の観点から
   考えることもできるわけです。
  「生」の立場ですと「有情」の「三身」ですが「死」の生命では、「非情」と化した
  「三身」も宇宙と一体であるとの意味になりますね。

池田:「法身」も「報身」も「応身」も宇宙生命そのものなのです。

川田:具体的に「応身」からいきますと、「非情」としての「応身」は物理的宇宙に合一して
   いますね。

池田:宇宙全体を「相好」となすのですから、人間生命の「応身」の側面は宇宙の色法と
   一体になっている。
  「報身」も宇宙の心法となり、生命の「我」としての「法身」も宇宙生命の身体、
   つまり、宇宙生命自体と融合している。
   しかも、宇宙生命は色心不二の当体です。

川田:ということは、「三身」ともに宇宙生命自体となり、宇宙の流転と共に常住であるとー。

池田:だから、「本有の死」と表現するのです。
     同 p167-8

池田:ー略ー
   日蓮大聖人の「御義口伝」には、「空は無の義なり但し此の無は断無の無に非ず相即の
   上の空なる処を無と云い空というなり」と記されている。

   この文を私達の「三身」の立ち場から読んでいきますと、一見、無と同じよう思われる
   死後の「三身」は「空」の状態にあり、しかもその生命には「仮諦」としての「応身」
  「空諦」としての「報身」、「中諦」としての「法身」を備えているということになります。

   人間生命は、宇宙と一体でありながら、それであってけっして消滅したのではない。
  「三身」を備えた「個」の生命は、「個」としての独立性を持ちながら、しかも宇宙と一体
   なのです。

   こうした「個」と「宇宙」とのあり方を「空」の状態における存在と表現するのです。

川田:個としての生命は「我」は死とともに普遍の中に合一するが、それによって独自性を
   失うものではない。
     同 p171-2
 転載終わり

死ぬと、私達の仮諦(応身)は宇宙の物質的な側面に「空」として溶け込んでいくという事でしょうか。
想像を絶しますが、それはこの地球だけではなく「非情」の宇宙に合一するという事です。
更に「報身」である生命境涯は、生前の境涯のまま、宇宙の十界の生命エネルギーの中に冥伏していきます。
どこかに書いてあったと思いますが、それだからこそ、私達は宇宙のどこにでも生まれ変わる事が可能なのだそうです。

宇宙の全ての天体が、又、全ての生命活動の場になり得るし、そういう意味で宇宙の全ての生命も、互いに影響をうけあっているのは理に適っていることだと、私は思っています。

いずれにしても生命は不可思議で妙です。
いろいろと、空想は尽きないです。(笑)

 
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