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いろいろと考えました 2/4

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 8月11日(金)21時21分17秒
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  螺髪様の投稿
http://6027.teacup.com/situation/bbs/71298

>原子も集り、分子も集まり、人も、社会も、国家も、この宇宙さえも一面から見れば「聚り」です。

SaySaySay 様の投稿
http://6027.teacup.com/situation/bbs/71352

>ところで、一個人を単体と言いましたが、これは本当に単体でしょうか?<
>「一切衆生のみならず十界の依正の二法・非情の草木・一微塵にいたるまで皆十界を具足せり」(小乗大乗分別抄P522)<
>生命は複合的というのか重層的というのか……やはり「妙」というしかないのでしょうか。<

「生命を語る」第一巻の次のページ p187にはこうあります。

池田:しかも、この三千大千世界の考え方というのは、宇宙が無秩序な空間である事を否定
   しているところに特色があると言える。
   一つの世界は、さらに大きな世界の構成員となり、それは又、より大きな世界を
   形づくっていくという、一種の「階層性」を示している訳です。
   惑星が太陽系を構成し、恒星の集まりが島宇宙、そして星雲団、大宇宙へという現在の
   宇宙観と仏法の発想は、まったく同じだといってよい。
   何千年も前に説かれた経典だから、科学的知識それ自体は古めかしいとしても、
   宇宙を捉える直感的な洞察力は卓抜していると言えるのではないだろうか。
     転載終わり

かつて臓器移植のことなどを考えていて、ある人の臓器が他人の体の一部となって、その人と又運命を共にするというのは、どう考えればいいのか頭を悩ませた事がありました。
生命は「階層性」であるので、細胞の一つ一つの生命が集まって臓器を作り、それらの臓器に支えられて私達の様な一個の生命が存在する。
これはわかります。
これも又、私の持論ですが、小単位の生命が、より大きな生命の一部となっている時、小単位の生命達は自分達の人生?を生きてはいますが、自分?がその一部となっている、よりおおきな生命の持っている運命に共業又は眷属として、冥伏しているのかな、、と思いました。

例えば、ある人が死んで心臓を臓器移植で提供するとすると、その心臓の臓器は、その人が生きていた時はその人と運命を共にしていたでしょうが、その人の体内から取り出された後から移植されるまでの間は、独立して生きていることになりますよね。
ですから、その間はその心臓は自分?の運命を生きていて、もしかしたらその間に死んでしまうかもしれません。
生き延びて他人の体に移植されると、徐々にまたその新しい人の運命に共業又は眷属として同化し、個の運命は冥伏していくのかな、と思いました。
よくはわかりませんが。(笑)

 
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