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同盟通信 №125 

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 2月 2日(月)19時01分15秒
  (2009.1.28)

=里内師、ついに“刑事告訴”にふみきる=

 12月19日、ならびに22日の「同盟通信」で里内信徳
師が阿部庶務部長の暴行に対して被害届を提出したこ
とを報じたが、今度はついに正式に刑事告訴に踏み
切った。

 先に出た「同盟通信」をめぐって、全国の住職の間
に波紋が広がった。
 「学会が勝手に捏造して流したデマじやないか」
「もし本当だとしたら、庶務部長はクビになるだろう」
「一般的に考えても、一緒にいた総監にも責任が及ぶ
のではないか」「里内師が住職を務める得成寺は貼り
紙をして人の立ち入りを禁じている。徹底抗戦の構え
のようだ」等々、宗内から聞こえてくる声である。

 今月13日、3度目の召喚が法道院で行われ、里内師
は出頭した。そこには八木総監らはいたが、何故か庶
務部長の姿はなかった。その代わり何と弁護士が2人
いた。約3時間にわたり、これまで繰り返された新寺
建立のための供養の不正使用疑惑、さらには本堂の横
の廊下に洗濯物がほしてあることがけしからんなど、
その他重箱の隅をつっつくような質問に対して、里内
師は誠意をもって答弁したのである。そのなかで、里
内師に対する暴行については、何の説明も謝罪も行わ
れなかった。こうした不誠実な対応に対して、里内師
はついに“刑事告訴”に踏み切る決断をし、告訴状を
富士宮署に提出したのである。

  一方、マスコミ筋からの情報によると、大石寺の
地元では谷平がやたら元気で連日のように警察署に日
参しているという。

(憂宗護法同盟員より)
 

フェイク 第996号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 2月 2日(月)00時19分13秒
  (発行=09.02.02)
無謀なスケジュールに登山者は悲鳴
厳寒の大石寺で始まった悲惨な「登山地獄」
冷たい弁当と冷茶を支給、売店は廃墟と同然

厳寒の大石寺では現在、悲惨な「登山地獄」が始まっている。長距離バスに
揺られながら一夜を明かし、自由時間も少なく、超過密スケジュールのため、
冷たい慶祝弁当に紙パックの冷茶で震えながら急いで食事を済ませ、布教講演
会に出ては坊主の戯言を聞き、御開扉を受け、宝物殿の見学をした後、そのま
ま下山するという強行軍である。

なかには御開扉料2回分を払って1度の登山で2回も御開扉を受けている者
や不味(まず)い慶祝弁当を2度も食べて3泊4日のうち、1日だけ宿坊で寝て、
2泊はバスの中で揺られながら過ごすケースもある。

そんな健康な人でも体調を崩すような無謀な登山の時間帯だが、年配者や身
障者、病人までも連れ出しているため、大石寺は救急車が騒々しく走り回って
いる。

手術した直後で、病気が完治していないのに、無理に登山して、具合が悪く
なって病院へ運ばれた登山者もいた。

総二坊と旧総坊売店の間に二棟の新総坊売店が造られたが、新しい店も、従来
からの店も、まったく客が入らない。何処の店も閑古鳥が鳴いているのである。

この大不況の時にあって、今年の登山地獄に十数回から二十回も参加するよ
うにと強要されているため、登山者は売店で買い物をするような経済的な余裕
がないのである。

なかでも、旧総坊売店の通路には、等身大のススキが生えて、まるで廃墟の
ようになっている(左の写真を参照)。

裏門から出た所にある新町売店にとっては最近、新しい道が出来たために登
山客が店に来なくなり、この工事も不評である。

 西裏塔中の妙泉坊横から裏門へ出られるように道路が真っ直ぐになったために、
登山者は新町売店の中を通らずに移動するようになったからだ。また、裏門前
の橋も少し移動して「みずした橋」が出来たが、駐車場を利用する登山者は裏
門から、駐車場に出るようになった。

そのうえ、登山スケジュールが過密なために、登山者はお土産を買う時間も
ないのである。売店の食堂も、登山者には慶祝弁当が支給されるので、店で食
事をする人が極端に少なくなった。せいぜい、売店の食堂で豚汁やソバだけを
頼んで、冷たい弁当を食べている人がいるくらいだ。こんな無謀な登山が今年
一年続くのである。
 

勝ち戦 第129 号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 2月 1日(日)10時27分0秒
  2009 年1 月31 日(土)

日顕の『地溝倍増』は悉く粉砕!
各寺、敗北宣言のオンパレード
菅原信法「プレ大会が衰退の原因」

「バンっ!」一月一一日、妙光寺(品川区)初御講での勤行中、突然大きな音
が本堂に響いた。驚いて身構える信者もいた。何事か…。導師をしていた執事
が、信者に提出させた折伏対象者リストを経机から床に勢いよく落とした音だ
った― 。

昨年、妙光寺は、折伏誓願目標二三〇世帯に対し、たったの三五世帯しか達
成出来なかった。達成率は僅か一五% で、布教区でも最下位のどん底成果だ。
今年は更に下降線を辿ることが必至だが、よりによって初御講で折伏対象者リ
ストを落とし、しかもその音に怯えるとはあまりに情けない話だ。今年の行く
末を暗示しているかのようだ。

日如は、元旦勤行会で、「本年、正義顕揚の年は、平成一四年に日顕上人よ
り地涌倍増と大結集の御命題を頂いて七年、御命題完結の年であります」と述
べたが、地涌倍増は「完結」どころか、平成一四年以降、全くの「凍結」状態
だ。目標は一度も達成出来ず、日顕の御命題とやらは完全に粉砕されたことに
なる。一月七日の東京第二布教区・信徒激励会では、各寺代表による敗北宣言
のオンパレードだった。

「宝浄寺(大田区)支部は、昨年誓願目標を達成出来ず、この悔しさをいつも
胸に止め・・・」「大修寺(府中市)支部も昨年誓願目標を達成致しませんでし
た」「広説寺(小平市)は、昨年誓願目標を達成出来なくて、皆さん悔しい思い
をしました」「昨年は廣妙寺( 八王子市)支部も、あっ、いや、『も』じゃ
ない(笑い)、廣妙寺も折伏目標は達出来ませんでした」「妙声寺( 町田市)
は、昨年残念ながら目標達成出来ませんでした。異体同心の団結が、御住職と
も出来ていなかった」「昭倫寺( 杉並区)は、去年折伏目標誓願(ママ)出来
ませんでした」

敗北宣言は寺の数だけあるため、以下省略する。

因みに、昭倫寺住職は、支院長の野村淳信だが、プレ大会の結集も布教区で
昭倫寺だけが目標未達に終った。そろそろ東京第二も支院長を交代した方がい
いのでは?(笑)。

本修寺(足立区)住職の菅原信法は、昨年の大敗の原因をこう分析する。「西
日本大会、九州大会を終えた住職と話をすると、『大会が終ってホッとしちゃ
った。その結果、折伏がやはり伸び悩んだ』と。そういうのが大勢の方々、多
数の方の意見です」つまり、プレ大会で折伏に弾みがつくと思いきや、逆に折
伏低迷を招く原因になったと。

ずる賢い菅原は、一月度の御講で、「本年は(目標を)二〇減らしました。大
結集とか、登山、記念総登山があるからそっちの方に力を入れます」と、早速、
折伏目標の大幅下方修正を表明た。

折伏と大結集、共倒れによる大惨敗が必至だ!(コピー可)
 

速報  民主・鳩山「給付金もらう」

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 2月 1日(日)09時49分34秒
  八幡東区で 31日(土)午後4時から八幡東区イオン前で行われた「白石」
の街頭に、民主党幹事長の鳩山が駆けつけた。

鳩山の話で爆弾発言が飛び出した。定額給付金を散々批判したあげく、
「給付金は愚作。しかし、反対するのは国政の仕事。皆さん給付金が出
たら是非もらって下さい。白石さんは当選したら給付金には反対しません。
北九州だけもらえなくなることはありません」。

実は定額給付金の支給には、地方議会で事務費用確保 のための補正
予算の成立が不可欠。地方の民主が反対し成立できなければ、その市
町村は定額給付金が支給> されなくなるのだ。

国政で反対しながら、地方には賛成しろと言う民主。いったいどっちなのか!
庶民の生活蔑視、党利党略、政局第一の民主の正体が透けて見える。
ちなみに街頭は参加数わずか60人。イオン上空だけが黒い雲に覆われ、
時折、激しく雨が聴衆に降り注いでいた。
 

2月の予定

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月30日(金)11時14分38秒
     1日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
   3日(火) 節分会(本山、末寺)
   7日(土) 興師会(本山、末寺)
   8日(日) 御講(末寺)
   16日(月) 宗祖誕生会(本山、末寺)
 

"地獄の50万登山"に不満噴出

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月30日(金)11時12分55秒
   今月10日から、立正安国論提出750年を記念する50万総
登山が始まった。これには、1月の初登山会、4月の虫払法要、
7月の記念法要(15・16日)・7万5千人総会(26日)、9
月の寛師会、11月の御大会の各法要・行事への参加者と、通年
の支部登山、添書登山および海外登山の参加者の延べ数が計上さ
れる。

 50万総登山の多くを占める支部登山の中身は、「御開扉」「布
教講演会」「記念展見学」だが、スケジュールは極めて過密。た
とえば日帰りの場合、朝10時半までに着山し、11時半から客
殿・大講堂等での布教講演会に参加。正午ごろに終了後、休憩坊
に戻って昼食をとり、12時半には奉安堂に移動、13時半の御
開扉を受ける。さらに14時半から宝物殿の記念展を見学。その
後、下山となる。案の定、参加者の口をついて出てくるのは、「昼
食の時間がない。『歩きながら食え』とでもいうのか」「徒歩移動
の距離が長くて疲れた」「土産物を買う時間がない」、さらには「布
教講演の内容はつまらない」「記念展には特別な重宝の展示もな
くガッカリした」といった不平不満ばかり。

 一方、遠隔地から来たある支部の一行は、バスで10数時間揺
られて着山した後、御開扉を受け、さらに一泊して翌日も御開扉
を受けた。これで1人で2回登山したことにするのである。こん
なことをして何の意味があるのか。

 「50万」にカウントされる3・4日の初登山会の参加者数は、
昨年より2千人も減って2万3千人となった。これは、学会員が
登山しなくなった平成4年以降の最低記録である。まさに、日顕・
日如の思いつきに苦しむ信者の無言の抵抗であろう。

 この無茶苦茶な登山会が1年も続くのだ。中には20回以上も
登山を予定している者もいるというが、正気の沙汰ではない。わ
ざわざ財布をはたいて、時間を使って、生き地獄を操り返し、繰
り返し体験させられるのだから、哀れこの上ない。
 

民主松岡議員の次男を逮捕=事務所侵入、金庫盗んだ容疑−大阪府警 (時事通信)

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月29日(木)18時14分40秒
   民主党の松岡徹参院議員の次男の無職松岡潤容疑者(30)=大阪府熊取町久
保=が、会社事務所に侵入し現金などを盗んだとして、窃盗容疑で大阪府警貝塚
署に逮捕され、窃盗罪で起訴されていたことが28日、分かった。容疑を認め
「借金で生活が苦しかった」と話しているという。

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_thief3__20090129_6/story/20090129_yol_oyt1t00281/

 

フェイク 第995号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月25日(日)19時43分15秒
  (発行=09.01.24)
山崎正友の院号が「随法院」だと?
仏法上は無意味な戒名、成仏とは関係なし
生前の謗法、犯罪行為と正反対の冗句か

「随法院正賢日成居士」――これは叛逆の極悪人・山崎正友の戒名である。
山崎は昨年末の二十九日午後四時三十六分、急性腎不全のため急死(本紙九九
〇号で参照)。一月五日の通夜、六日の告別式が東京・杉並区内の妙観講の拠
点で行なわれたが、参列者は山崎の生き様と正反対の戒名に、さぞ驚いたこと
だろう。

日号まであるこの戒名は、早瀬日如の配慮によるものだそうだが、戒名とい
うものが、いかにデタラメな代物であるかの典型といえる。

国法を犯し、仏法に逆らった破和合僧の退転者の戒名が「随法院」とは、山
崎の生前の謀略体質を皮肉っているのであろうか。

山崎は昭和五十二年に表面化した第一次宗門事件の仕掛け人で、当時の若手
坊主(後の正信会)を煽動して学会を攻撃させ、宗門と学会の離間を画策した
ばかりか、師弟の分断をも策謀した極悪人である。

また、学会に対する恐喝事件を起こして懲役三年の実刑判決を受けた。「随
法院」とは「法に随って」刑務所に収監された犯罪者という意味なら分からな
いでもないが、この院号はおどけた冗句なのか?

隠居した日顕は、かつて山崎の謀略、悪逆非道の行為を非難して「大ウソつ
き」「地獄へ何回堕ちても足りないほどの罪が存する」と指弾していた。

この時、もし日顕が山崎の戒名を付けていたならば「謗法院堕獄虚言居士」
とでもしたかも知れない。否、「居士」「信士」より「策士」の方が似合って
いる。

もともと、信仰心の欠片も無く、仏法流布の団体を撹乱して大勢の人々を苦
しめたばかりか、平成五年四月二十七日に黒羽刑務所を仮出所した後の山崎は
身延派に接近して「板本尊に関して日蓮正宗を徹底して攻めよ」等と身延僧を
煽った張本人でもある。

 そんな大謗法の仏敵に院号、日号をつけたニセ法主の日如は、悩乱していると
しか思えない。

臨終ニ当リテ俄ニ法号ヲ乞フハ愚挙

宗門史の泰斗・堀日亨上人は法号・戒名に関する指南として「臨終ニ当リテ
俄ニ法号ヲ乞フガ如キ愚挙ナキヲ期スベキナリ」と書き残されている(本紙九
一九号で詳述)。

先の大戦で戦死された兵士の人達に宗門は制空院、義勇院、連勝院、国柱院、
忠勇院、武功院、殉国院、軍勇院、壮烈院といった勇ましい院号をつけていた。

最近、映画で脚光を浴びている盗賊・石川五右衛門の戒名は「融仙院良岳寿
感禅定門」だが、こんな戒名は仏法上、何の意味もないし、成仏とは無関係で
ある。

石川五右衛門など問題にならないほどの極悪人の山崎の生涯を通して「随法
院」「正賢」という文字は全く不適切だ。

山崎は学生部時代から金の亡者だった。当時、山崎は学生部の後輩に「これか
らは財力の時代だ」「財力が必要なんだ」等と言って、貧しい学生部員に向か
って、万札で膨れた財布を見せびらかして自慢していた。

この山崎の人生の狂いの端緒は富士宮の土地転がしによって巨額のあぶく銭
を手にしたことだ。土地転がしによって最後は、自分が転がってしまった人生
だ。
 

「7万5千」結集でドタバタぶり露呈

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月24日(土)10時20分3秒
  ここにきてまた、日顕宗執行部がドタバタぶりをさらしている。本年7月2
6日に本山で行う「7万5千名総会」に関して、一旦、寺ごとの着山・御開扉
の希望時間を募ったものの、総会直前の着山、総会前後の御開扉に希望が集中。
そのため、一方的に地方部ごとの着山・御開扉時間を割り振ることになったの
だ。しかし、各寺から希望を吸い上げたのは1年以上も前の一昨年11月。半
年前になってからの打ち出し変更に、末寺からは「段取りが悪すぎる」と不満
の声が上がっている。

また、執行部は併せて、この「7万5千名総会」の前泊予定者数が総本山の
収容能力を超過しているとして、前泊者には「仮設テントでの休憩か駐車場の
バス車両内での待機」を強いている。かつて、やはり真夏の炎天下で行われた
6万登山、10万登山、30万登山の総会の折も、熱射病や疲労などで倒れた
り、亡くなった参加者が多数出たが、今回も悲惨な事態を招くであろうことは
想像にかたくない。
 

不祥事の“駒専”が北海道の援助寺院に異動

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月24日(土)10時18分47秒
  昨年、不祥事を起こした駒井専道(58)が、本山・観行坊住職をクビになっ
て、北海道士別市の安立寺に赴任することになった。
安立寺は活動家信者数が10数人程度の援助寺院。事実上の左遷人事だ。もっ
とも、不祥事を起こして訴訟を起こされるなどしたのだから、本来は隠居処分
が相当。この“お情け人事”には、かつて、駒井を仲居として側に置いていた
日顕の意向があるとされるが、治まらないのは、これまで横暴な駒井に暴力を
振るわれたりするなど、いじめられてきた坊主たちである。今後、彼らが中心
となって駒井への報復が行われることは必至。駒井は戦々恐々の日々を過ごし
ていくだろう。

これに伴い、観行坊住職の後任には本山・報恩坊の川田法成(63)が入り、
報恩坊には本山・大坊の秦道夫(42)が、また、安立寺住職の今野道好(42)
は北海道・愛別町の法宣寺に異動する。法宣寺の今野信通(38)は父親・慈晋
(67)が住職を務める兵庫・淡路島の法栄寺に副住職として入る。
 

散々な「出陣式」でスタート

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月24日(土)10時16分30秒
  今月3日、本山で「立正安国論正義顕揚750年 出陣式」が行われた。午
前の開会のため、2日の新年勤行会の開催を取り止めて参加した坊主も多く、
ブーイングが噴出。実際、これまで2日に新年勤行会を行ってきた寺のうち、
約3分の1が本年の開催を取り止める事態に。無言の抵抗か、あるいは交通費
が捻出できなかったためか、何と100数十人もの坊主が欠席。執行部のメン
ツは丸つぶれとなった。

会合の中身も相変わらずの無内容。庶務部長・阿部信彰、総監・八木らが
“昨年は折伏ができた。今年は結集だ!”と盛んにハッパをかけたが、参加し
た末寺坊主からは、“偉そうなことを言う前に自ら結果を出せ”との意のこも
った冷たい視線が浴びせられていた。というのも、昨年、折伏目標が達成でき
た寺は全体の5分の1足らずだが、執行部の総監・八木、重役・藤本、庶務部
長・阿部、教学部長・水島、渉外部長・秋元、海外部長・漆畑、財務部長・長
倉のうち、目標に届いたのは水島の寺だけ。つまり、執行部の折伏達成率は7
分の1という体(てい)たらくだったからである。

会合終了後も悲惨な事態が待っていた。参加者が一斉に帰路につこうとした
ため、駅に向かうタクシーの数が足りず、新幹線や飛行機に乗り遅れる者が続
出。正月のUターンラッシュも相まって大混乱をきたした。ある遠隔地の一群
は最終便の飛行機にも乗れず、宿泊を余儀なくされたという。

まさに、大惨敗への散々な出陣の集いとなった。
 

越 洋

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月24日(土)01時16分59秒
   平成21年1月20日

宗史756年の中で、供養を思いのままに散財し、贅を尽くして堕落を極め
た坊主は、日顕をおいていない。シアトル裁判で東京地裁に3度も出廷し、売
春婦とトラブルを起こした事実が明らかになったことも前代未聞のことだ。更
に、最高裁で2度も断罪されたことは永遠に宗史に刻まれた。

日顕は、人様が真心で御本尊に御供養したお金を、自分のものと錯覚し、一
族をあげて湯水の如く遊興に使ってきた。平成2年7月には、表向き学会には
愛想笑いを見せ、蔭では「謀略・C作戦」を練っていた。その事実は「河辺メ
モ」で明らかになっている。

平成2年7月21日に目通りで秋谷会長(当時)らの発言に「驕慢謗法だ!」
と怒鳴り、名誉会長には「懲罰にかけるから」と恫喝。その翌日には日顕、政
子、信彰・百合子夫婦の家族で豪遊。8月30日には「綱紀自粛」を全教師に
徹底したその日と11月21日に伊豆長岡の超高級温泉旅館で一族をあげて遊
興三昧。平成3年3月12日には目黒区八雲の20億円のプ−ル付豪邸計画が
発覚した(さすがにバツ悪く取りやめた)。

平成6年2月16日には世田谷豪邸計画が発覚。平成9年6月18日には渋
谷区松濤の豪邸計画が発覚している。達師の時代は出張所は西片だけだった。
最近は政子名義で2億円もする赤坂の超高級マンションがあることも発覚して
問題になったが、未だにだんまり。

1月4日から50万総登山が始まった。全国末寺から登山計画が寄せられて
いるが、そのコ−スの中には登山の帰りに伊豆・伊東温泉に一泊し、浄蓮の滝
の見学や長野・不動温泉に一泊し、天竜舟下りをするとか様々だ。御書には
「しもべのゆのついでと申す者をあまた・をひかへして候」と厳しく誡められ
ている。だが、日顕、政子が隠居の身でありながら、贅沢三昧で俗よりも俗の
生活をしているのだから、総登山の「ついで」に法華講員が温泉に入ろうと、
宗門首脳は何も言える訳がない。要するに、広宣流布・令法久住を実現しよう
という「信心」が欠如している実相である。
 

フェイク 第994号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月24日(土)00時14分51秒
  (発行=09.01.21)
顕正会の暴力勧誘は組織的犯行
会長の浅井が教唆、高校等でもトラブル続き
新潟で知的障害者の勧誘騒ぎ、施設閉鎖も

顕正会(本部・さいたま市、会長は浅井昭衛)の会員で長岡市の十八歳の専
門学校生が傷害容疑で二十日、新潟県警に逮捕され、同会の会館が家宅捜索を
受けた事件(本紙九九三号を参照)に関して新事実が浮かび上がった。

新潟日報などによると、顕正会が県内の高校生や知的障害者などに強引な勧
誘を繰り返し、学校や障害者施設とトラブルを続発させていたことが分かった
のである。

新潟市内にある障害者施設の関係者の話では、顕正会員による知的障害者へ
の勧誘は三年ないし四年ほど前から激しくなっていた。

また、駅周辺や繁華街では女性会員が通行人などに声を掛けて、顕正会への勧
誘という目的を告げずに騙して会館へ連れ込み、入会させるケースも多いとの
ことである。

悩みの人を救う宗教の役割を捨て、騙して入会させた頭数を競わせる邪悪な
手口であり、こんな邪教団を放置していてはならない。

特に、昨年は新潟市中央区の障害福祉サービス施設の利用者の会員を介して、
同施設を利用する知的障害者全員が入会させられていた。利用者の家族からの
苦情で、施設を閉鎖せざるを得ない事態にまで追い込まれたのである。

更に、捜査関係者によると、会員になった高校生が校内で勧誘を始めたため、
学校側から県警に相談が寄せられたケースもあったという。また一般住宅に勧
誘に訪れた会員がなかなか帰らず、警察官が駆け付ける事例も目立っている。

顕正会本部は「知的障害者らをターゲットにした勧誘はしていない。本人の
同意を得て入会してもらっている」とデタラメな説明をしている。この度の会
員の逮捕にしても「事実無根で不当逮捕だ」と惚けている。

警察では、強引な勧誘の背景や脱会のトラブルについて組織的な関与がない
かを調べているとのことだ。

 浅井は警察を愚弄

組織的関与どころか、暴力勧誘を煽っている張本人は、会長の浅井昭衛である。
浅井はまた「顕正会を弾圧したから警察に大罰が下った」と警察を愚弄する発
言もしている(本紙第八〇〇号などで詳述)。

顕正会は「冨士大石寺顕正会」と詐称しているが、大石寺とも日蓮大聖人の仏
法とも無縁の邪教だ。その証拠に御書の学習はしない。

教学試験の出題範囲は
浅井の駄本だ

今年一月十一日には五級試験、同十八日には登用試験を行っていたが、出題範
囲は大聖人の御書ではなく、浅井が書いた駄本である。

試験は程度の低い穴埋め形式である。浅井の邪義・我見を丸暗記させるのが狙
いであり、教学というよりも「狂学」なのである。

さいたま市南区の文化センターで十八日に実施していた登用試験では受験者が
大階段を占拠していたほか、杜撰な運営のため一般来館者、センターの警備員
らが苦言を呈し、違法駐車で近隣からの苦情も殺到した。

寄居町勤労福祉センターでも運営の不手際が目立ち、三十分遅れで試験を開始。
大宮ソニックシティでの五級試験は欠席者が目立った。
 

顕 正 会 短 信 

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月22日(木)18時30分19秒
  2009.01.22

数年前から知的障害者への勧誘も多発!

 脱会を申し出た男性の首をしめ、全治10日間のけがを負わせた傷害の疑いで
新潟県警に逮捕された18歳の顕正会員の男は容疑を大筋で認めているが、な
ぜか顕正会本部は「不当逮捕」とのコメントを出した。昨年の事件の際には沈
黙を守っていたにもかかわらず今回早々と「不当逮捕」を訴えた背景には、容
疑者が未成年のため有罪にされる可能性が低いと見越し、釈放後に集会で登壇
させ「不当逮捕と戦って」などと題した原稿を読ませようという算段かもしれ
ない。昨年の事件で罰金処分となった元幹部は30代だから処分がどうなるか
わからず、当時は沈黙したのであろう。小ズルイ連中だ。

さて続報だが、1月21日付の新潟日報は、顕正会が知的障害者への勧誘を
活発化させていたとしてその手口と被害を初めて報じた。新潟市内の障害者施
設関係者の話として3、4年前から勧誘が活発化していて、新潟駅周辺や繁華
街で女性会員が声を掛け、勧誘の目的を告げずに「会館」へ連れて行き入会さ
せるケースが多く、昨年には同市中央区で、障害福祉サービス施設を利用する
知的障害者全員が、同じ利用者である顕正会員によって「入会」させられたこ
とから利用者家族からの苦情が殺到し、施設が閉鎖に追い込まれてしまったの
だ。なんという反社会的な宗教か!

顕正会本部は、同紙の取材に対し「知的障害者らをターゲットにした勧誘は
していない。本人の同意を得て入会してもらっている」と釈明しているが、果
たしてその「同意」が「宗教に入信する」という意識を示すのだろうか。勧誘
の目的を隠すこと自体が異常だ。「宗教」「顕正会」と出せば拒否されるから
隠して騙す。今回、卑劣な顕正会の勧誘の実態が活字になったことの意義は大
きい。

そして編集部では、この記事を裏付ける資料を発見した。「にいがた聴覚障
害者支援研究会」2004年9月16日付の「ブログ」である。当時から顕正
会が障害者を狙って勧誘していたことを示している。その部分を一部抜粋する。
URLは悪戯防止のため非記載とする。

  顕正会には気をつけましょう。特に障害者を好みます。障害者を折伏させる
と信者の功徳が高まるので、障害者を狙い撃ちしているケースが目立ちます。
障害者を不安にさせる言動を使うので、つい会員になってしまう場合もありま
す。「聞こえるようになるよ!」と誘われた方もいます。聴覚障害者の弱みを
ついています。障害者を騙しても構わないという考え方があります。
 

顕 正 会 短 信 

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月20日(火)21時46分31秒
  2009.01.20

また新潟顕正会員逮捕 今度は脱会巡り絞首!

 昨年1月17日、新潟市で元男子部隊長を含む顕正会員2名が逮捕監禁と強
要などの容疑で逮捕され、顕正会本部などが家宅捜索をうける映像が全国ネッ
トで流されたことは浅井昭衛に大きな衝撃を与えた。

 その証拠に浅井は、これ以前の事件については「不当逮捕だ」と嘯き、会合や
機関紙上で幹部から高校生など一般会員に至るまで口々に「敵対団体の謀略」
などと言わせていたのが、この事件と10月に男の会員2名が逮捕された熊本
での事件も己の演説や機関紙上で一切触れることなく黙殺したのである。

 これら二つの事件は、ある意味、「入会をめぐるトラブル」と報じられたため、
宗教法人「顕正会」としての公式な説明や釈明が求められたにもかかわらず、
浅井はそれすら放棄し、一族で固めた取巻きの理事や総務もみんな頬かむり決
め込んだ。それでいて「新潟の事件の罰金は浅井先生が出された」などという
口コミをわざわざ新潟以外の組織にこっそりと流す有様だ。その罰金男もまだ
顕正会の末席にしがみつく以外に生きる術、身の処し方を知らないらしい。

さて、今日夕方、新潟から速報が届いた。今度は未成年の顕正会員の男が傷
害の疑いで逮捕されたようだ。

新潟県警の発表によれば、長岡市に住む18歳の顕正会員の男が昨年12月
16日午後、JR新潟駅南口の路上で、顕正会からの脱会を申し出た新潟市在
住の20歳の専門学校生の首をしめ、全治10日間のけがを負わせた傷害の疑
いが強まったとしてこの男を逮捕するとともに、今朝7時から新潟市中央区の
「新潟会館」と隣接の「別館茶寮」、三条市島田の「三条会館」などあわせて
4か所を一斉に家宅捜索したもので、捜査員およそ50人という異例の体制で
強制捜査に乗り出した背景には、新潟県警が昨年一年間で約200件の勧誘や
脱会に絡むトラブルを掌握したことで、事件後も顕正会には反省の色が無いと
判断したものと思われる。

「反省だけならサルにもできる」というCMがあったが、反省もできない浅
井昭衛以下顕正会員はサル未満だ。

今回の事件は逮捕者が未成年のため、顕正会の集会で自ら発言しない限り実
名が明かされることは無い。しかし浅井は一昨年の小田原事件の際には、逮捕
された未成年者をわざわざ集会で登壇させ「不当逮捕」などと言わせ、機関紙
上で実名を出すというおよそ宗教団体の責任者とは思えぬ愚行を犯したが、今
回も同じ轍を踏むつもりか。それとも「脱会をめぐるトラブルだから会内の出
来事」と頬かむりを決め込むのか。そして新潟男子部を統括する男子第7部の
浅野部長は更迭されるのか。1月総幹が楽しみだ。
 

フェイク 第993号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月20日(火)18時54分14秒
  (発行=09.01.20)
また顕正会員を新潟県警が逮捕
後を絶たない浅井昭衛一派の暴力・傷害事件
邪教と気づき退会を申し出た青年の首絞める

邪教・顕正会(本部・さいたま市、会長は浅井昭衛)の男性会員が二十日、
また逮捕された。共同通信によると、新潟県警・警備一課などは傷害容疑で、
顕正会員の同県長岡市の専門学校生(十八歳)を逮捕して、県内の同会の二施
設を家宅捜索した。

 調べによると、同会員は先月十六日午後、新潟市中央区米山の路上で、同市東
区の男性(二十歳)の首を絞めるなどしてケガを負わせた疑い。男性は顕正会
が邪教だと気づいて退会の意志を同会に伝えたところ、会員が引き留めようと
して暴行を加えたもので、傷害容疑を認めているという。

同県警によると、顕正会をめぐって勧誘や脱会に関するトラブルの相談が昨
年、同県警に約二百件もあったとのことである。

 顕正会の勧誘、退会を巡るトラブル、傷害事件、器物損壊などの犯罪は全国的
に後を絶たない。被害者は未成年者、学生、若い独身女性やヤングミセス層に
まで広がっている。入会強要、拉致監禁、殴る蹴るなどの暴力行為は組織的な
犯行の疑いが濃厚で、これまでも顕正会本部をはじめ各地の会館などの施設に
も警視庁、埼玉・神奈川・熊本・群馬県警などが家宅捜査に入った。また公安
調査庁も顕正会を「特異集団」として注目している。

顕正会は、元は「妙信講」という日蓮正宗の「講」の一つであったが、宗門
との折り合いがつかず、学会にも多大な迷惑をかけた集団である。会長の浅井
昭衛は「終末思想」を唱え、更に「全国民が日蓮大聖人に帰依しなければ日本
は滅亡する」などと書き殴った小冊子を無差別に配布させるなど、世間の人々
から気味悪がられている狂団でもある。

浅井は「二〇〇七年までに顕正会が広宣流布できなければ、核戦争によって
人類は絶滅する」と予言していたが、勧誘の目標が達成できないとみるや、す
ぐに二〇一四年までに予言を平然と変更するなど、いい加減な奴だ。

また、浅井は国柱会・田中智学の邪義を受け売りして「国立戒壇」を目標に
して、手段を選ばず、犯罪行為も辞さない勧誘に会員達を狂奔させる。だから
拉致監禁、強要、傷害、器物損壊といった事件を布教という、宗教団体の基幹
活動のなかで起こしてくる狂った連中である。まさに「日蓮を悪しくうやまは
ば国ほろぶべし」と御書に仰せの通り、顕正会こそが大聖人の教えをねじ曲げ、
悪用している団体なのである。

顕正会施設から押収物を運び出す捜査員=20日午前9時30分ごろ、新潟
市内  産経ニュースより
 

駒井専道ついに失脚!

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月20日(火)12時56分52秒
  大石寺理事などもクビ
貧乏寺に左遷

正月から日顕宗の坊主連中の間では、「人事」の話題で持ちきりだった。あの
駒井専道(観行坊、58)がついに大石寺を追い出されたのである。

しかも、次の赴任地は北海道士別市の安立寺。50世帯そこそこの貧乏寺。まっ
たくの"左遷"なのだ。日顕の権威を笠に、能力もないのにのさばってきた駒井
も、これで終わりだ。

駒井の周辺に変化が起き始めたのは昨年の秋口のこと。8月23日に自坊新築法
要を行った直後あたりから、人前に姿を現す機会がめっきり減ったと思ったら、
9月7日付で大石寺理事を"解任"されるとともに、御本番、一夜番御宝蔵番もは
ずされた。

また、上野幼稚園を経営する学校法人大石寺学園の理事長職も9月6日で"クビ"。
その頃から、近いうちに観行坊からも追い出されるのではないかという噂はあ
った。

処分に関する正確な理由が公表されないことで、宗内には「金銭問題か」「女
性問題か」など、様々な憶測が飛び交った。どうやら、上野幼稚園をめぐるト
ラブルというのが有力な見方だったが、それにしても大石寺理事の解任とはた
だごとではない。

しかし、宗門内部から漏れてくる話によると、それどころか問題はさらに深刻
で、「日顕の後ろ盾がある駒井だから、この程度の処分で収まったが、何のコ
ネもない坊主だったら擯斥にされてもおかしくない」という噂まで出ていた。

そして、今回、かねてから言われていた住職更迭が明らかになったというわけ
だ。人事の内命があったのは1月3日というのだから、駒井にとっては正月気分
どころではなかったのではないか。

駒井は昭和37年に得度。所化時代には阿部信彰が住職をしていた能持寺(埼
玉・越谷市)に在勤していた。以来、日顕・信彰親子に取り入り、大石寺塔中
坊の住職を歴任。仲居も務め、昭和63年には大石寺理事の要職も手にした。

こうした立場を利用した出入り業者との「癒着」の疑惑も絶えなかった。とも
かく、駒井といえばすぐに「ゴマスリ」という言葉が返ってくるほど、目上の
者にはペコペコし、目下の者には威張り散らす人物だ。

もう一つの顔が「暴力坊主」。長年、所化教育に携わる中、小僧に対して殴る
蹴るを繰り返していた、宗門の歪んだ所化教育の象徴的な人間。殴られた本人
だけでなく、その親の坊主までが駒井に対して強い恨みを抱いている。

その駒井の「失脚」の報に、多くの坊主が拍手喝采で喜んでいる。「いいきみ
だ」と祝杯をあげた者もいるというほどだ。

もはや、駒井の坊主人生もここまで。それどころか、60歳近くになって、初め
て末寺の住職になる駒井の前途は真っ暗だ。

駒井の赴任する安立寺がある士別市は、毎年11月中旬頃から降り始める雪が
平地でも1叩∋慨嵒瑤任2辰鯆兇┐觜訐稈和咫

また、ここ数年のデータを見ても、年少人口が17%から12%に減少しているのに
対して、老年人口の割合は16%から29%に増加するなど、少子化、高齢化が著し
い地域だ。

実入りも乏しく、成果もあがらない貧乏寺で、凍えながら余生を過ごすしかな
い駒井。何と哀れな末路だろうか。しかし、これも"ニセ法主"日顕に追従して、
広布破壊の片棒を担いだなれの果て。駒井よ、恨むべきは日顕である。
 

フェイク 第992号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月11日(日)19時38分6秒
  (発行=09.01.08)
大講頭・石毛寅松が脳梗塞で倒れる
功徳なき日顕宗の総登山、惨憺たるスタート
過労と睡眠不足の登山者、行方不明者も

日顕宗では三・四日にかけて初登山を行なった。三日午前六時の着山時には
気温は氷点下。登山者は年々、千人ないし二千人ほど減っているが、今年は昨
年より約三千人も少なかった。しかも高齢者や身障者が多く、疲れ果てた上に
寒さに震え、気の毒だった。大石寺境内は終日、閑散としており、無謀な「立
正安国論正義顕揚七五〇年記念総登山」は、最初から失敗の様相を見せている。
(写真は着山風景)

特に、大講頭で法華講連合会の副委員長・石毛寅松が脳梗塞で倒れ、一時は
意識不明になったが、救急車も呼んでもらえず、山崎正友の後を追うのではな
いかとも思われた。

また、東之坊では登山者が行方不明になるなど惨憺たるスタートとなった。

今年の初登山は出陣式のため、僧俗が一緒に登山したわけだが、そのため登
山者が減ったとはいえ、正月休みで混み合う高速道路は渋滞。大石寺周辺の外
周道路には登山者が乗って来た乗用車の違法駐車が目立ち、警察が出動して取
締を行っていたほどであった。

三日は出陣式に先立ち、法華講連合会の役員並びに地方部長、大講頭、講頭、
副講頭らが奉安堂で日如に目通り。席上、日如は労いの言葉よりも、相変わら
ず登山・供養について檄を飛ばしていた。

午前十一時から客殿をメイン会場として「正義顕揚の年」の出陣式を行い、
その模様は大講堂、広布坊、常来坊、総一坊、総二坊などに同時放映されてい
た。

だが、早朝に長距離バスで着山した睡眠不足の者が多かったこともあって総
監の八木、暴力事件で訴えられた庶務部長の阿部信彰、総講頭の柳沢喜惣次ら
の話の時には居眠りしている人が目立っていた。

最近の登山者は年に十回前後も登山させられているため、売店で土産を買う
者も殆どいない。

まして富士宮市内で買い物をする登山者は皆無であり、地元では大石寺自体
が邪魔な存在と言われている。

講中に高まる「総講頭は交代すべきだ」の声特筆すべきは総講頭の柳沢につ
いて坊主の言う供養、登山、結集など無理難題を鵜呑みにして、そのまま講員
に押し付けるから交代させるべきだ、との声が強まっていることだ。

しかし、法華講の中には他に人はいない。倒れた大講頭の石毛、永井や石渡
らも後任の器ではない。大草にいたっては論外で、日顕が死ねば大講頭も罷免
される、というのが一般的な見方である。
 

石山だより

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月11日(日)18時14分57秒
  平成二十一年一月七日

一、立宗七百五十六年、立正安国論国主諌暁七百四十九年の年が明けた。
三日、出陣式が唱題行に引き続いて客殿で行われた。波乱含みの「立正安国論
正義顕揚七百五十年」の幕開けだ。最初に起きた事件は、登山事務所で朝の勤
行をしていた大講頭の石毛寅松が突然、脳梗塞で倒れたことだ。柳沢ら法華講
の幹部連中が深刻な顔で相談し、「救急車を呼ぶのはまずい」と判断。こっそ
りと看護師に手当をさせた。出陣式で石毛は、スミの方にいて終了後下山して
行った。そのあと、柳沢は「法道院のヤツラはこれだから困るんだ」とボヤイ
テいた。(石毛は法道院所属)

一、出陣式では、犯罪者信彰が謝罪もしないで、何処吹く風で出てきた。永井、
柳沢、土居崎が決意発表。三人とも「昨年のプレ大会は成功だった」「折伏誓
願の達成支部が多く出た」「五十万総登山と七万五千の結集も頑張る」という
型通りで内容の乏しいものだった。
挨拶に立った総監の八木は同じような話を繰り返した後、「現代の一凶創価学
会」と感情的に声高に叫んでいた。総監・法道院主管として模範を示さなけれ
ばならないのに、世帯数が一番多くて法道院法華講がズーット折伏のトップを
走ってきたのに、八木が主管になってからは低迷が続いていることに苛立ち、
学会に八つ当たり。これも鬱病の症状の一つである。
日如さんは手前ミソで、プレ大会の目標は達成したと言っていたが、「プレ大
会の発想自体が失敗だった」とは大半の坊さんの感想である。特に関西・九州
は大雪で極寒状態のため、「二度とこんな大会には出ない」と参加者が言って
いた。日如さんは、今年も折伏誓願が達成するよう頑張ってもらいたいそうだ
が、「掛け声一つで出来るなら苦労しないよ」とは、参加した法華講員の弁。
出陣式が予想外に早く終わったので昼飯が取れて良かった。

一、三日夕方、人事の内命があった。とうとうあの駒専が北海道士別市・安立
寺へ飛ばされる。幼稚園問題はウン千万で和解できたようだが?これも自業自
得。駒専は、信彰が埼玉・能持寺の住職をしていた時に在勤して大学へ通った。
それ以来の腐れ縁で日顕、信彰の子分として仕えてきた。学衆課時代は所化を
苛め、暴力を散々振るった。お仲居時代は業者と癒着し、私腹を肥やしたそう
だ。こんな者が所化教育を担当してきたから竜象など育つ訳がない。(世界で
一番!遅れ体質の大石寺鼠)
 

勝ち戦 第128 号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月 8日(木)11時21分21秒
  2009 年1 月8 日(木)

日顕宗、地獄への出陣式!
『これ最後!』騙し取った供養
総監の寺が目標を大幅下方修正

日顕宗『正義顕揚の年』の出陣式が一月三日、大石寺客殿で開催された。

これには隠尊の日顕も出席していたが、存在感もなく、袈裟を着た干物(ひも
の)の様に貧相で生気も感じられなかった。

開会挨拶に、庶務部長の阿部信彰が立ったが、「折伏成果をあげ、輝かしき
新年を迎えられ、本日ここに、皆様は踊躍歓喜して集まわれました」と昨年の
大惨敗をすっかり棚上げし、事実とは正反対の挨拶をして参加者の失笑を買っ
ていた。

信彰は、自分が住職を務める妙國寺(板橋区)の成果が一向にあがらず、昨年
後半から、遂に、一世帯に何体もの本尊を下付し、それを折伏成果として計上
するという姑息な『本尊ばら撒き作戦』を実施した。既存の信者に対し一世帯
に一体ではなく、一人につき一体の本尊を下付する手口だ。

昨年末から、大半の寺で、下付する本尊が日顕書写から日如書写の本尊に切
り替っているが、信彰のばら撒きは、まるで日顕書写本尊の『歳末・在庫一掃
セール』だ(爆)。

末寺では、日如の本尊をぶら下げて信者にお披露目しているが、子供の落書
きの様な乱筆乱雑な本尊に、信者もあ然とするばかりだ。本山でも、新築した
坊の本尊は日如書写に替わり、日顕色が次第に薄れつつある。

挨拶に立った、総監・八木日照は、「大折伏戦を展開していくことが肝要だ」
等と大口を叩いていたが、八木が主管を務める法道院(豊島区)の昨年の成果は、
目標に対し三一三世帯も不足するという大惨敗の結果に終っている。しかも、
今年は「大折伏戦」どころか、目標を一一九世帯減の三一七世帯に大幅下方修
正するという腑抜けぶりだ。

総講頭・柳沢喜惣次は、信者から収奪した特別供養、三九億六千万円を日如に
渡したことを報告。

昨年一二月六日、月例登山の指導会で柳沢は、特別供養について、「できれ
ば少なくいきたい。こういう表現は良い方ですよ、本当は(供養を)したくない
んだから・・・」と、信者の本音を代弁。また、「『これ最後!』って言ったら、
乾坤一擲でやりますよ。ね、んで、あとまた一生懸命頑張っていくと、いう形
ですよね・・・」と、「最後の供養」と言って信者に供養を強要した魂胆を暴露
した。信者の信仰心を弄ぶ詐欺まがいの悪質な手口だ!御書に、悪人への供養
について、「いろもなく気も弱く、力もなき報をうるなり」と仰せだ。悪侶に
騙され、供養し続ける日顕宗信者の現在の姿そのものではないか!

本年七月、真夏の炎天下、魔軍七万五千人が一度に大石寺に集結する。大事
故、大惨事は必至だ。死者もでよう。諸天の怒りも必定だ。大石寺は地獄絵図
と化すだろう。(コピー可)
 

真実一路

 投稿者:日本猿  投稿日:2009年 1月 5日(月)01時04分58秒
  私は52歳の壮年です。今年は今孫樹を合言葉に頑張ります。
私の青年時代【30歳から41歳まで】は、創価学会の前進を阻止しようとする輩(妙観・顕正・日顕・その他の人物について)との戦いが私の立場でした。全力で取り組みました。
真実は地球的立場で証明され、鍍金は現実世界で地獄を味わいながら生きている。
今思えばどの様な時でも、だれが裏切っても真実を語り続けてよかった。
此れからも立場は関係なく社会に語り続けます。
宿坊さんありがとう。
勇気を与えてくれてありがとう。
 

フェイク 第991号

 投稿者:宿坊  投稿日:2009年 1月 3日(土)22時43分28秒
  (発行=09.01.03)
「地獄へ何回堕ちても足りない罪」
 極悪人・山崎正友を糾弾した阿部日顕の説法
死後は変死体扱い、最期まで警察の厄介に

山崎正友(七十二歳)が去る十二月二十九日に神奈川県伊勢原市の東海大学病
院で急死した事実は前号(九九〇号、十二月三十日付)で報じた通りである。死
因は急性腎不全、死亡時間は午後四時三十六分、喪主は某僧から奪った女房の
桂子。通夜、告別式の日時、会場は伏せておくことにする。

山崎は叛逆、謀略、凶悪犯罪を繰り返し、裁判漬け、刑務所暮らしを味わっ
たが、死後も変死体として厚木警察署で検死を受けるという極悪人らしい最期
であった。

さて、本紙前号で山崎の生前の悪行、犯行について簡潔に紹介したところ、
多大な反響があった。その半面、法華講か妙観講の関係者と思われる者達から
は、山崎が極悪人ではなかったかのような反対の声も聞かれた。

そこで、山崎が最期に頼った日蓮正宗の最高権力者の阿部日顕が、山崎正友
のことをどのように評していたか、ここに紹介する。
  ◇    ◇
●前々から私は名前を挙げないで申してきましたが、創価学会の元顧問弁護
  士・山崎正友が行ってきた行為というものは――その人間性からよく見ほと
  いていかなければなりませんが――破和合僧という、実に宗門の根本的なと
  ころでかきまわしが行われていたことを、よく考えなければならないと思い
  ます。

今日、特に若い僧侶の中には創価学会に関する認識、あるいは池田名誉会長
に関する認識について、過去からの伝聞や週刊誌などで山崎の言うことがすべ
て真実であると思っている人が多いけれども、その半分乃至三分の二以上は山
崎の画策によってねじ曲げられて伝わっていることが多々あるのであります」
昭和五十六年一月二十九日)

●山崎正友という男は、ある一つの事柄があると、それに枝葉を付け、あるい
  は捏造して、いろいろなことを言う人間であります。それは私に対してだけ
  ではなく、今学会についていろいろなことを書いておることのほとんどが、
  そういう形で流されておるのであり、それがまた真相であります。

故に私は登座以来、名前こそ出しませんでしたが、宗門と学会の中間に立っ
ておる者がいて、そこから流されてくる訳の解らない情報に左右されて多くの
人が右往左往している、と申し続けてきたのでありまして、それが山崎であり
ます。

もちろん山崎一人ではありませんが、その張本人として宗門や学会の内部に
深く喰い込み、仲裁役を買って出ながら、裏面では離反工作を仕組み、もう一
人の原島なる者と一緒になって宗門と学会との両方を牛耳り、勝手なことをし
ようとした魔の用きがあったのであります」(昭和五十六年一月二十九日)

●この山崎正友の行ったすべての考え方なり、その行為・行動というものは、
  仏様の眼から見るならば絶対に許されるべきでない、もっと大きな罪が……
  地獄へ何回堕ちても足りないほどの罪が存するのであります」(昭和六十年
  三月三十日)
◇    ◇
これが現在は「御隠尊猊下」と呼ばれている日顕の説法の一部である。山崎
を庇う前に、いかに悪逆非道の行為を繰り返した男かを知った上で本紙に反論
せよ。
 

明けましておめでとう御座います!

 投稿者:常磨  投稿日:2009年 1月 3日(土)22時07分21秒
  12月にブロック長を拝命されました。
81歳になられた元気な池田先生と共に
この今生で戦わせていただける事を本当に幸せに思います。
山友の末路して、これからも仏敵は盛んなりと言えども
最後は罰の姿を露にさせて行く祈りで戦って行きたいと思います。
そしてまた我が地域を青年の息吹を結集し壮んにしていきたいモノです。

ps.轡田さんは、どんな信心をしているか謎ですね(笑
 

白黒つけよ!

 投稿者:di_mickey  投稿日:2008年12月31日(水)07時27分53秒
  山友の急死を聞き、わが地元に住む大小様々な仏敵にも必ず現象を出させるとの決意を新たにいたしました。またこちらの掲示板を拝見させて頂き勇気が湧きました。師匠を根本に頑張ります!  

賛成

 投稿者:日本猿  投稿日:2008年12月31日(水)00時21分53秒
  山友が死亡:::時が来た:::中国猿さんあなたの言ってる事に賛成です。
すでに時は来ている。
しかし勝手に進まない。貴方も真実をさらに知ってください。
真実をを語ってください。真実を書いてください。
 

真偉人

 投稿者:中国猿  投稿日:2008年12月31日(水)00時01分11秒
  人間は生きている時、どれだけの人間に生きる希望と、歓喜を与えてかによって、その人の価値が判断できる。時を感じ地球的次元・全人類的次元から発想の出きる人間及び法則は、限られている。私の知る限り(池田大作SGI会長・日蓮・釈尊・トインビー博士・ガンジー・周恩来・坂本竜馬)
必ず反対勢力が居る。居るからこそ真実が証明される。
早く死ぬか***長生きするか***
それだけでは価値判断が出来ない。
今私は中国で学んでいる。
仏教は三国四師(インド・中国・日本)の歴史と聞いてきた。
中国で(観光)仏教といえば、阿弥陀仏しか聞いたこととが無い。
大学では池田大作研究会しか聞いたことが無い。
世界の歴史はまさしく人間主義のSGIで進んでいることは間違いない事実である。
 

石山だより

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月30日(火)11時24分53秒
  平成二十年十二月三十日

一、今日は、本年最後の御開扉。大石寺では現在、一本の電話、一通の手紙に
も神経を尖らせ、ピリピリしている。特に、怯えているのは理事の小川只道で
ある。それは警察の取り調べに立ち合って、恐怖を味わったばかりだからであ
る。皆さんご存知の通り過日、阿部信彰が北海道網走・得成寺の里内信徳に対
して暴行を加えたというもので、被害者の里内が信彰を富士宮署に傷害罪で訴
えたため、同署の捜査官数名が大石寺に踏み込み、現場検証を行った。その時
に立ち合ったのが小川只道であった。宗教関係の本部・本山に最近、警察が捜
査に踏み込んだのはオウム真理教、顕正会、それに日蓮正宗だけである。

奉安堂が出来てから、「カラス」の大群が寄ってきたり、くさーい「カメ虫」
が大量に発生して富士宮市の住民まで影響を受けた。それと潤井川には、春、
桃の花が咲く頃になると、「ヘビ」が浅瀬にも、土手にもビッシリ気持ち悪い
ほど屯している。「立正安国論正義顕揚七百五十年」を迎えるが、日蓮正宗に
とって、立正安国論にお示しの如く、大悪の起こる不吉な前兆であることは間
違いない。

一、 鈴木譲信が十月、関東大布教区の大支院長、東京第一布教区の支院長の
職を投げ出した。宗内では鈴木の辞職の理由がいろいろ取り沙汰されて憶測を
呼んでいるので、今、その真相の一端を明かすと、鈴木自身がイヤになって職
を放棄した最大の理由は、藤本、八木兄弟から、何かにつけ嫌がらせがあった
ことだ。鈴木が大支院長、支院長に就いたのは昨年八月。前任の光久日康が宗
門の疲弊は日顕が学会を切ったからで、宗門首脳はその非を詫びて学会首脳と
話し合うべきだ(要旨)、等と日顕の暴挙を痛烈に批判。慌てた宗務院は光久
に教師指導会で阿部信彰が代筆した謝罪文を読み上げさせ、大支院長・支院長
を更迭して一件落着とした。年功序列で後任になった鈴木は能化クラスとは不
仲で、この度、その確執が表面化し、怒り心頭の鈴木が辞表を叩き付けたので
ある。(宗門毒消し鼠)
 

フェイク 第990号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月30日(火)11時00分31秒
  (発行=08.12.30)
急告 あの山崎正友が急死!
敗訴続きの「裁判地獄」から遂に「無間地獄」へ
裏切り、謀略、犯罪を繰り返し悲惨な末路

山崎正友が十二月二十九日午後四時半過ぎに急死した。この日午後、神奈川
県厚木市愛名の自宅で倒れ、東海大学病院に緊急搬送されて救命救急センター
で治療を受けたが、その甲斐もなく息を引き取った。享年七十二歳。遺体は変
死者として扱われ、警察で検屍されたということである。

通夜・告別式などの日程は未定だが、年末年始の火葬場の都合などを考える
と、直ぐに荼毘に付すことも出来ないようだ。仏法上でも、社会的にも空前絶
後の極悪人にふさわしく、死後も象徴的な厳しい仏罰の醜態を晒すことになる。

山崎は、これまで何度も死にかけたことはあるが、第一次宗門事件で陰謀の
片棒を担いだ原島嵩が七月六日に全身から悪臭を放って死亡した(本紙九六二
・九六五号を参照)後を追うように半年を経ずして無間地獄に堕ちたのである。

山崎はC型肝炎から肝硬変を患い、糖尿病を併発して腎不全になり、人工透
析を続けていた。晩年は裁判地獄に陥って負け続け、今月二十五日にも北林芳
典氏(報恩社社長)に訴えられていた件で、東京高裁において敗訴したばかり
だ。

最近では痩せ細って首筋の肉も落ち、体力は衰えて、裁判所にも女房の運転
する車で通っていたが、遂に悪運が尽きたのである。

 山崎の犯罪、悪事を挙げると巨額の詐欺罪、商法違反、手形法違反罪、富士宮
市議の殺人依頼、創価学園の撹乱等々、枚挙に暇がないが、何と言っても代表
的な犯行は実刑判決を受けた恐喝と恐喝未遂事件である。

昭和六十年三月二十六日、東京地裁刑事第三部の吉丸真裁判長は、山崎に対
して「被告人を懲役三年に処する。未決勾留日数中一二〇日を右刑に参入する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする」との厳しい判決を言い渡した。この第一
審判決から六年後の平成三年一月、最高裁の上告棄却の判決をもって山崎の刑
が確定。二月二十五日に東京拘置所に収監されたのであった。

出所後も悪逆の数々

山崎は平成五年四月二十七日、刑期満了まで半年を残して栃木県の黒羽刑務
所を仮出所。山崎の悪逆非道ぶりは出所後も変わらず、自らの重罪を反省する
ことはなく、正信会に面倒を見てもらいながら学会を逆恨みして陰険な謀略を
繰り返した。また、身延派日蓮宗にも接近して「板御本尊に関して、もっと日
蓮正宗を攻撃せよ」と煽っていた。

その後は正信会を裏切り、山崎自身が真っ先に相承を否定した日顕に摺り寄
り、その日顕宗の中でも「クズの集まり」といわれている妙観講に入講。講頭
の大草一男を利用して学会攻撃の策謀を続け、また、原島との「慧妙」紙上での
連載対談では嘘八百を並べて、学会を誹謗中傷していた。

更には、ブラックジャーナリストの内藤国男(故)らと共謀して学会攻撃文書
をバラ撒き、妙観講員には学会批判のビラを配布させ、信平狂言訴訟を仕組む
など、悪辣な行為を続けていた。

金と色に狂った山崎は、過去に食い物にした女性にも訴えられ、裁判では騙
し取った金と慰謝料を払うよう命じられるなど追い詰められ、病身と生活苦で
悲惨な厳罰の姿を晒していた。
 

山崎正友が死去

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月29日(月)23時39分26秒
  希代のペテン師「山崎正友」が死去
顧問先を恐喝して懲役3年の刑を受けた元弁護士「山崎正友」が29日夕方、
神奈川県の自宅で倒れ、死去した。享年72。

 山崎は横浜地裁小田原支部に10件もの名誉棄損裁判を起こし、係争中だった。
最近は体調が思わしくないのか、妻の運転する車で送り迎えしてもらっていた。
最後に法廷に出廷したのは12月17日に横浜地裁で行われた書籍「法主詐称」を
訴えた裁判で、顔色は悪いながらも、いつもどおりの様子で、1月中には主張を
すべて終えたいと裁判の進行について語っていた。25日には本人は裁判所に
出廷しなかったものの、北林芳典氏に訴えられていた裁判で東京高裁において
敗訴していた。

 一連の裁判は、家族などが承継しない限り、取り下げられる見込み。葬儀は
来年初頭に行われる模様。

 今年7月6日、“盟友”の原島崇も立川市の病院で死去。2008年は
原島・山崎が相次いで死去した年として刻印されることになった。

http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm

 

轡田さんは何が言いたいのでしょう

 投稿者:  投稿日:2008年12月29日(月)17時53分11秒
  >横死で亡くなるのと、仏罰の現象をもってするのでは尺度が根本的に間違っています。

誰が横死、仏罰の現象と判断するの?
教えてちょ
 

轡田さんは何が言いたいのでしょう

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月29日(月)03時36分6秒
  横死で亡くなるのと、仏罰の現象をもってするのでは尺度が根本的に間違っています。

両方に対する批判のように受け取られますが
顕正会かしら?
それとも他派かしら?
 

フェイク 第989号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月28日(日)22時41分6秒
  (発行=08.12.26)
顕正会の「女帝」がお払い箱に
浅井昭衛に捧げ尽くした哀れな女の一生
「還暦を過ぎ老眼鏡をかけた総合女子部長」が引退

 顕正会の浅井昭衛の傍に長年にわたって寄り添っていた加藤礼子が、遂に総
合女子部長を退いた。先月二十八日の十一月度総幹部会で大沼千恵美が総合女
子部長に抜擢され、加藤は教学主任という閑職に回されたのである。教学主任
とは教学試験の管理とか、教学冊子を刊行するということだ。

任命を受けた大沼本人は、喜んでいるというより、悲壮感を漂わせている感
じである。大沼の美貌は顕正会女子部の中では評判で、浅井も殊の外、気に入
っている様子であるが、加藤を信奉してきた部員達は悲しみ、女子部員の間で
は悲喜こもごもだという。

加藤は既に還暦を過ぎて、六十三歳になった。会員からは「老眼鏡をかけた
女子部長」と揶揄されながらも「終身女子部長か?」とも称されてはいたが、
今や、めっきり老け込み、歩く姿も「お婆さん」という風体である。お払い箱
になった加藤は今、寂しさを噛みしめていることだろう。

東京・世田谷区立の小・中学校から同区内の都立高校へ進んだ加藤の成績は
中の上。暗いイメージの生徒で余り目立たず、一人で物思いに耽っていること
が多く、親友と言える人は殆どいなかった。

大学時代はピアノに凝り、顕正会では珍しくピアノが弾ける美人として評判
になり、浅井の目にとまった。

昭和四十九年に女子部長になって以来、約三十五年もの間、顕正会の「女帝」
で、事実上の同会ナンバー2として君臨し、浅井と共に強引な勧誘を煽動して
きた。

そのため、勧誘に狂奔させられる会員は拉致・監禁、暴力事件を起こしては
警察沙汰になり、これまで警視庁、神奈川・新潟・埼玉・熊本県警などが、さ
いたま市内の顕正会本部や地方会館等を家宅捜索した。同会の反社会的な活動
はテレビや新聞で報道され、今では社会問題になっている。

加藤は会合では他の会員と同様、浅井に対して伏せ拝をしているが、二人だ
けの時の会話は対等らしい。

浅井の宿敵・妙観講の大草一男らによって浅井と加藤との親密な関係を物語
る会話も盗聴されていたというから驚きだ。

二人の関係は平成十年夏、合宿研修を栃木県の鬼怒川温泉で開催した時にも
見られた。浅井は二年前の平成八年に阿部日顕が豪遊した同じ高級温泉旅館の
十二階にある一泊二十万円の特別貴賓室に宿泊した。女子部筋の情報によると、
加藤だけが浅井の部屋に出入りしていたが、他の者は出入りできなかったとい
う。

浅井は今月二日の女子部班長会で「女子部は顕正会の四者の中で最大の組織
となった」と述べた後、加藤には簡単な慰労の言葉を贈っただけであった。

一方、大沼に対しては経歴や人柄にも触れ、長々と称賛した後で「総合女子
部長という重責を担うに当たって、捨て身の決意にたっている」とベタ褒めだ
った。

顕正会は、のめり込んだ人間の人生を破壊する。昭和四十九年に創価学会本
部を襲撃した当時の青年部長の村岡ら歴代男子部長などは、社会的にも傷を被
り、相次いで去っていった。だが、残った加藤は、その身を浅井に捧げ尽くし
た。振り返れば、女の一生を棒に振っただけだ。哀れ!
 

フェイク 第988号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月28日(日)10時58分56秒
  (発行=08.12.24)
日顕が自慢の六壺の柱に特大亀裂
 普請道楽に狂った日顕は供養の浪費ばかり
ニセ法主時代、大壷での夜の勤行は全て欠席

 日顕の思いつきと見栄で建て替えた大石寺の建物は、早くも柱に亀裂が入っ
たり、壁が崩れ落ちたり、痛みが激しい。業者も「新しい建物なのに珍しい現
象だ」と驚いているほどである。

先日、日顕自慢の「六壺」の柱と回廊との接合部に特大の亀裂が入っている
ことが分かった。「六壺の四隅の柱(直径五十一僉砲里Δ繊東側の奥の柱の
根本にある部材を組み合わせて接合する部分の亀裂(写真)が拡大、その割れ目
から雨水が浸み込み、中が真っ黒く腐っている」とのことだ。

地震に耐えられない六壺の建て替えで、またも供養を集めると言い出すの
か?

日顕は日達法主時代の建物を次々に破壊し尽くした。今、問題になっている
六壺もその一環で「総本山開創の一番の元」「開創七百年の御報恩に備え奉る
にふさわしい大事業」等と称して、昭和六十三年十月に完成した。その際、日
顕は慶讃文の中で「日顕謹(つつしみ)て六壺の新築再建を発願せり(中略)木
造大堂の設計上未曾有の工夫を重ね漸く成就に至る」と得意満面であった。

また、六壺の建て替えに際して日顕は「僧俗一致の行業ということが一番の
基本であり、ここに集う全ての僧俗が共に揃って御本尊を拝し、真の即身成仏
の読経・唱題をすることが肝要である」と語っていた。

ところが、六壺では毎日午後四時半から夜の勤行が行なわれているが、日顕
は何かと理由をつけて全部、欠席。日顕が夜の勤行をしたのは、昭和六十年の
春の一度だけ、古い六壺の頃であった。

今の六壺が完成した頃、日顕は「勤行に出てやるか」と言ったが、掛け声だ
けで、一度も姿を現さなかった。

不開門の柱が左右チグハグで見苦しくなっているのは本紙第九七七号で紹介
したが、世界的な宗教建築の大客殿を壊した後に建てた客殿の一階部分の壁と
天井にはカビが異常なほど大量発生していた。壁紙のつなぎの部分が剥がれ落
ち、天井は、まるで蒸気機関車の煤(すす)が貼りついたように真っ黒になって
いた。

それは、客殿内にある「子持杉」のオブジェから湯気のように出る何らかの
物質によるものだろうとのことである。

更に「世紀の大殿堂」と世界中から称賛された正本堂を約五十億円もかけて
解体し、法華講や末寺から約二百億円も集めて建てた奉安堂は御開扉を受ける
人が少なく、無用の長物になり、カメムシが異常発生するなど害虫の棲家にな
っている。
 

1月の予定

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月27日(土)23時51分39秒
  3日(土) 750年出陣式
(本山 ※末寺住職・寺族は全員参加)
         法華講初登山会(〜4日)
10日(土) 50万総登山開始
11日(日) 御講(末寺)
 

大惨敗に終わった「躍進の年」

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月27日(土)23時49分58秒
  本年、日顕宗は「躍進の年」と銘打ちスタート。しかし、予想に違わず、
テーマとは裏腹の悲惨な年となった。

厳寒の2月、西日本からスタートした「プレ大会」も結集目標に届かず、惨
敗に終わった。その後も、笛吹けど折伏は進まず、年間の折伏誓願目標を達成
できた寺は全体の2割にも満たない体たらく。さらに、日顕の女房・政子の時
価2億円のマンション所有が発覚し、全末寺の半分を超えるといわれる困窮寺
院から怨(えん)嗟(さ)の声が上がった。今月に行われた3回目の特別供養は目
標額に届かなかったといわれるが、そうした宗内の怒りや不信感が反映されて
いるといえよう。

「立正安国論」提出から750年の明年は「正義顕揚の年」だそうだが、
相変わらず展望は真っ暗。「目玉」は「50万総登山」と7月の「7万5千
結集」だが、信者が増えなければ自(おの)ずと一人の登山ノルマが増える。
ある地方では、80歳近い老婦人の信者が「来年は4回も5回も登山させら
れる」と悲鳴をあげているが、もっと年の若い活動家となると、10回、
20回の割り当てはザラだというから狂気の沙汰だ。

「正義顕揚の年」とは名ばかり。日顕宗のデタラメぶり、崩壊ぶりが、ます
ます「顕揚」される年になるだろう。
 

(無題)

 投稿者:轡田  投稿日:2008年12月27日(土)23時47分34秒
  >日顕宗は永遠の笑いものになるだろう

もうなっとるがな
 

阿部信彰が傷害罪で訴えられる

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月27日(土)23時40分50秒
  先ごろ発行された憂宗護法同盟の「同盟通信」が、阿部信彰による傷害事件
を報じている。

それによると、北海道の住職・里内(さとうち)信聴(網走市・得成寺)が本
山に呼び出され、総監・八木、庶務部長・信彰に吊し上げられた挙げ句、
信彰に暴行を受けたというのだ。全治1ケ月の重傷を負った里内は18日、富
士宮署に被害届を提出。刑事数人が大石寺に乗り込み、実地検分を行ったとい
う。被害届が出された日は、いみじくも信彰の父・日顕の誕生日前日の18日。
「同盟通信」は「隠尊(=日顕)の誕生日にとんだお祝いを届け
たことになる」としている。

父親譲りの「瞬間湯沸かし器」信彰は、これまでも、ことあるごとに所化や
家族に暴力をふるってきた"常習犯"だが、ついに警察沙汰を起こしてし
まった。このような男が、庶務部長という大役に就き、「次の法主か」と宗内
で噂されることもあるというのだから、開いた口がふさがらない。このような
重大な事件を起こした以上、役職解任、住職罷免などの処分は当然ではないか。
もし、「前法主の息子だからおとがめ無し」という結果に終わったとしたら、
宗内にくすぶる不満の火種に油を注ぎ、日顕宗は永遠の笑いものになるだろう。
 

(無題)

 投稿者:代理人  投稿日:2008年12月27日(土)20時11分11秒
  ・人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である。 byシラー

・あらゆる生あるものの目指すところは死である。 byフロイト
 

(無題)

 投稿者:お散歩  投稿日:2008年12月27日(土)18時57分14秒
  享年29歳
享年58歳


で?
何か?
 

(無題)

 投稿者:轡田  投稿日:2008年12月26日(金)17時50分29秒
  昭和59年10月3日 池田大作の次男・池田城久氏死亡 享年29才 死因 胃せん孔
昭和56年7月 創価学会第四代会長・北条浩氏死亡 享年58才 死因 心筋梗塞
 

同盟通信 №124

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月24日(水)17時55分6秒
  (2008.12.22)

=前号の「同盟通信」“急告旨”は宗内に大きな反響を
巻き起こした。

そこで今号では、その後判明した事実を報ずるとともに、
今後の推移について予測してみたい。=


 里内信徳師のもとに25日、法道院に出頭せよと召喚状
が届いた。
 宗務院は何か勘違いしているのではないか。召喚され
るべきは里内師ではなく、庶務部長の方ではないのか。

 まず、里内師のケガの方だが、里内師のケガは前号で
報じたよりも重かった。「左腰打撲、内出血、左腰蓋骨
骨挫傷で約1ヶ月の安静、加療を要する」と診断されて
いた。重傷である。査問の最中、信彰師が机を蹴り上げ
て、それが体に当たって、痛みがひどく、いつまでもひ
かないので、病院に行ったところ、件の診断が下ったと
いうのだ。

 次に、警察の対応についてだが、18日、内事部に出向
いた富士宮署の方たちは現場検証を行ったほかに何か具
体的な捜査をされたのだろうか。たとえば、証拠物件と
して押収したものはあったのか。査問の際、とっている
はずのテープ、里内師の非を訴えた信徒の手紙は警察の
手に渡ったのか否か。また、その後、事件の当事者であ
る信彰師や八木師に対する事情聴取は行われるのか否か。

 今回の査問の発端は信徒の投書から始まっているとの
ことだが、宗務当局は得成寺の信徒の声を的確に掌握で
きていたのだろうか。得成寺の総代たちは、今回の里内
師に対する尋問は津別出張所にからむ不心得な信徒によ
る投書に基づくもので、里内師が受けた尋問を理不尽と
断じ、「なぜ私たち総代、役員にも事の次第を尋ねてこ
ないのか、不信の気持ちで一杯です」と嘆き、さらに
「宗務院の中で、それも要職の方が暴力を振るい、恫喝
し、それがまかり通っているのが不思議でなりません」
と述べている。もし住職に恨みをいだく一部の信徒の一
方的な言い分を鵜呑みにした結果だったとしたら、宗務
当局はどう責任をとるのだろうか。

 隠尊は常々「御信徒を大切に」と御教示されていらっ
しやるが、これら得成寺の信徒の声をどう聞かれるのだ
ろうか。

 宗内からは庶務部長の処遇を巡って憶測が飛び交って
いる。
宗規第二百三十五条六には懲戒になる事項として「本宗
僧侶としての品位を失うべき非行を犯した者」と記され
ている。懲戒処分には譴責、停権、降級、罷免、奪階、
擯斥の6つがある。これからの推移が見ものだ。
(憂宗護法同盟員より)
 

越 洋 

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月23日(火)13時00分4秒
  平成20年12月22日

 宗教者にあるまじき日顕の謀略「C作戦」から18年が経過した。宗門は平成2年11月16日の本部幹部会での名誉会長の感動的なスピーチに難癖をつけたが、それが間違いだらけで、結局は撤回した。

 学会は再三、話し合いを求めたが、対話を拒否した宗門は「C作戦」の筋書き通り、総講頭を罷免した。それも姑息なことに、12月27日という年末の慌ただしい時期で、聖教新聞が年末の休刊になるのを狙い、テレビニュースや一般紙のみで大々的に報道させて学会員に多大な衝撃を与える魂胆だったのである。

 全く狡猾で老獪な坊主根性だ。その後、日顕は狂気の如く「C作戦」を強行、平成3年11月7日には「解散勧告書」、28日には「破門通告書」を学会に送り付けた。

 だが、日顕の目論見はことごとく大失敗。第一次宗門事件の時のように事は運ばず、日顕は悔しがった。翌年の12月27日、学会は全世界の約1625万人の署名を集め、日顕に「退座要求書」を突きつけた。

 学会は大聖人の御遺命のままに世界広布を実践、実現してきた。まさに「魂の独立」の勝利となった。

 一方、日顕の思惑の20万人の脱会者など出るわけもなく、甘い、甘い誤算であった。その後、日顕は「法主の専権事項」と威張っていた本尊書写を激しい腰痛のため出来なくなり、傀儡法主として早瀬日如に譲らねばならない羽目になった。日顕に同調した役僧も、厳然と以下のような現証が出ている。


隠居 阿部日顕(86歳)
糖尿病、痛風、シアトル裁判をはじめ、最高裁で2回も断罪された。酒池肉林を好 み、世界中に“花和尚”の悪名を流布させた。字の下手な日如へ法主を譲ったことを後悔し、最近は愚息の信彰を日如の後釜に据えたいばっかりに、紙オムツをはいたまま、高級車にふんぞり返って頻繁に蓮葉庵へ通っている。

富士学林長 大村日統(75歳)
脳腫瘍の手術をしたが癌を取り残されコバルト治療中、教学力はゼロ。「歓喜の歌」は外道礼賛と中傷して恥を掻いた。布教講演会で名誉会長の御書講義を二度も盗用し「盗作部長」の異名をもつ。カラオケが唯一の自慢だったが、得意の「マイ・ウエイ」はもう聞けない。

前海外部長 尾林日至(71歳)
パ−キンソン病、車椅子で再起不能、御講にも出られず、勤行もできない。海外部長として日顕の手先になって檀徒づくりを進めた。日顕の前ではヘビに睨まれたカエル同然。海外派遣の若僧をのさばらせたのは尾林の責任だ。現在は虫の息。

予備監正員 秋山日浄(84歳)
昨年10月15日深夜、大腸の激痛のため救急車で搬送され、病院で座薬を入れようとしたが入らず、のたうち回った。「ワシャ九州の猊下だ」「日顕なんか大したことない。俺の方が力がある」が口癖。顔はドス黒く、生きながらの地獄の相を現じている。「学会は友好活動という軟語を使い」と誹謗していたが、芸者を横に侍らせて抱き寄せる“軟風”に犯された堕落坊主である。

渉外部長 秋元広学(68歳)
胃癌、裁判で経費を使って接待に精を出している。「無能力」と弁護士や小僧にも馬鹿にされている。学生時代から本行寺に在勤、日顕よりも政子に仕えて渉外部長にしてもらった。Mデパ−トから宝石を買い漁り政子に貢いだ懶惰懈怠のお調子者。

総監 八木日照(73歳)
鬱病、法道院主管になって自分勝手にやりすぎるため法華講員はついて行けない。講員が相談に訪ねても夜は会わない対人恐怖症。人情のカケラもない。総監だから話す機会は多いが、いつも杓子定規の観念論でつまらない。「聞く気にならない」との声が多い。仏法を実践したことがなく講員の苦労も理解出来ない。冷血坊主の八木に誠意を尽くしてもわからない「馬鹿」がつく偏屈人間である。
 

新改革通信 第94号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月23日(火)11時39分0秒
  平成二十年十二月十九日発行
日蓮正宗改革同盟

〃ポスト日如〃に揺れる宗門。そして、世界大不況が明年の総登山を直撃する。
檀徒は供養地獄で瀕死の状態!

今日、十二月十九日、日顕は八十六歳となる。日顕は隠尊であるものの、宗門
の全住職が、この日顕の誕生日を祝うわけではない。

宗門は師僧や在勤寺院による派閥と、婚姻による閨閥で構成されている。日達
門下の「妙観会」、早瀬系の「宝器会」、そしてそれに対抗するために、日顕
が旗揚げした「越洋会」だ。

日顕の誕生日を祝うのは「越洋会」だけだ。

他の住職らの関心は日顕の誕生日ではなく〃日顕の身体がいつまで持つか〃と
いうことにある。

●日顕に何かあれば、信彰は法主になれない?

以前にも述べたが、日如が登座した頃は、陰で〃日如は信彰を法主にするため
の、ワンクッション、五年間だけのつなぎの法主〃と言われていた。

しかし、最近、日如の周辺から〃日如さんは死ぬまで辞めないつもりらしい〃
という声が漏れ伝わってきた。これが本当だとすると、日顕の〃日開、日顕に
続いて、阿部家から三人目の法主を出す〃という目論見が危うくなる。

●日顕派と日如派、それぞれの思惑がぶつかる

日顕は自分が元気なうちに、隠尊の権威を駆使して、息子の信彰を法主にしよ
うと企んでいる。

現実には有り得ないかもしれないが、万が一、日如が不慮の事故などで相承で
きずに亡くなった場合は、隠尊の自分が信彰に相承するという、究極の裏技も
使える。

しかし、逆に日如が猊座にいる間に自分が亡くなれば、自分の影響力も消滅し、
次期法主は早瀬系になる可能性が高まる。

日如は昭和十年二月生まれであるから、間もなく七十四歳になる。日顕よりも
十二歳も若い。

もし、本当に、〃日如が死ぬまで猊座にしがみつく〃のであれば、これは日顕
にとって思ってもみなかった誤算になる。

そういう意味では、日顕の誕生日は、〃自分の元気なうちに信彰を法主に〃と
いう日顕の思惑と、〃日顕が亡くなった後に早瀬系から法主を〃という日如の
思惑がぶつかる日と言うこともできる。

日顕は宗内に自分の存在をアピールし、早瀬系は日顕の体調を窺がうのであ
る。

●号令だけで人を動かそうとする日如の浅はかさ

日顕と日如の大きな違いは、宗門運営の手法にある。日顕は感情のまま、その
場の思いつきで、宗内を動かそうとする。それは、日顕が自分の力を宗内に示
したいからだ。

それに対して日如は、小ズルイ。法主になった途端に、「地獄の大願寺」時代
の暴力路線を切り替えて、愛敬を振りまくようになった。

親修の際にも、日顕はふんぞり返って、檀徒に伏拝をさせて悦に入っていたが、
日如は、ニコニコしながら、檀徒にもお辞儀をする。意図的に日顕とは対照的
に演じている。

その小ズルイ日如は、日顕のように、自分の下に人を集めるのではなく、方面
別の大会を行い、地方の組織を盛り上げながら、明年の総登山に勢いをつけよ
うとした。

こういう手法は学会の物真似としか思えないが、形だけ真似ても、人は動かな
い。結局、〃目標を立てさせて、それを檀徒にやらせる〃という宗門坊主特有
の「檀徒支配」の手法に陥り、無理な結集によって、かえって信徒に負担をか
け、組織を疲弊させるという裏目に出てしまった。

信仰の歓喜がない宗門檀徒は、はるか遠いゴールに向けて、スタート時点です
でに体力を使い切って倒れかけている。そして、その倒れかけている檀徒に大
不況が襲いかかろうとしている。

●世界大不況が総登山を直撃する

 アメリカから始まった百年に一度といわれる不況は、世界に広がり、明年は
想像もつかない規模で、経済の破綻が広がると言われている。そして、その兆
候が毎日のニュースで報じられている。

日本ではリストラされた人々が寮や社宅を追われて、生活費どころか住む家も
ないまま、この年末を迎えねばならない。専門家は、この不況は明年の春から、
極めて深刻な事態になり、失業者は三百五十万人近くになると分析している。

つまり、宗門は日本経済が最悪な時に、「五十万総登山」を行うことになる。
日如らは不況であえぐ檀徒に、追い討ちをかけるかのように、年何度も登山さ
せ、更には膨大な供養をさせようとしているのだ。

日本の檀徒も大変であるが、海外の檀徒の負担はそれ以上である。なぜなら、
この円高で、海外から日本への渡航費用は、軒並み、倍になっているからだ。

すでに先月から、日本への一般観光客の数は半減している。そんな中で、宗門
が無理やりに海外からの登山を強行すればどうなるか。

〃登山しないと宿命転換できない〃と脅されている檀徒は借金をしてでも登山
するしかない。しかし、その結果、檀徒の生活が破綻しても僧侶は、決して責
任をとらないし痛みも感じない。

供養を絞り取られるだけ、取られて、供養が出せなくなれば、捨てられる。檀
徒を生活の糧とする、それが宗門のやり方だ。

世界が節約に向けて努力している中で、日蓮正宗だけが、世の中に逆行して、
檀徒を無理やり日本に呼び、供養地獄に招き入れようとしている。世間の人は
そんな宗教をどう見るであろうか。宗門は世界中で、非常識で、非人間的な非
理非道の教団というレッテルを貼られるに違いない。(編集部)
 

勝ち戦 第127 号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月23日(火)11時03分41秒
  2008 年12 月23 日(火)

東京第一布教区の支院長、鈴木譲信(江東区・)が更迭された。後任には常在寺
(豊島区)住職・細井珪道が就いた。

鈴木は昨年八月、前任の光久日康(妙縁寺住職)が、「宗門が疲弊したのは、
学会を破門にした日顕の愚行が原因」との糾弾の声を挙げた(光久の乱)ことに
より光久が更迭され、急遽支院長に抜擢された。在任期間はわずか一年三ヶ月。
前代未聞の短命支院長だ。

更迭の理由は定かではないが、宗内では、鈴木が実行委員長を務めたプレ大
会が大失敗に終ったことや、布教区の折伏低迷が全国の足を引っ張っているこ
と等の責任を被されたのではないかとの噂が飛び交っている。

いずれにせよ、東京第一布教区は、短期間で二人の支院長を更迭したことに
なる。総監・八木を始め、重役・藤本、庶務部長・阿部、能化・高野など、宗門首脳
が揃っていながら統率することが出来ず、布教区内は四分五裂、崩壊の様相を呈
している。

去る十一月十四日、東京第一布教区・広布推進会が妙證寺(北区)で開催されが、
鈴木は終始虚ろな目で壁の一点を見つめていた。司会者が、「東京第一布教区
・宗務支院長、細井珪道御尊師より挨拶があります」と紹介する場面や、細井
新支院長の導師で唱題する時などは、鈴木はガックリ肩を落としてうつむき、
悲愴感を漂わせていた。

十二月十九日に開催された広布推進会には、鈴木は姿すら現さなかった。寺
に引きこもり、布教区の会合への参加を拒んでいるとの噂だ。

布教区内がこんなスッタモンダの状態で、折伏が進むわけがない。どの寺も
軒並み二〇% 台のドン底成果だ。

能化・高野が住職の本行寺は、目標一五〇世帯に対し四一世帯。達成率二七%
と呆れた低迷ぶりだ。高野は十一月末の会合で、「本行寺の今年は惨憺たる状
態」と、毎年恒例のセリフを述べる始末だ。講頭の丸山は、「残念ながら『う
っかりぼんやり』として今年が終ろうとしている」等と、腑抜け面をさらして
いた。

総監・八木が住職の法道院(豊島区)は、十二月十四日現在、目標四三六世帯に
対し、一一四世帯。達成率二六%と、あまりにみっともない最悪の結果に終わ
っている。

八木は十月五日の唱題会で、「最近、上げ潮ムードと言いましょうか、折伏
誓願目標に向けて、大いに機運が上がっております」等と、ノー天気なことを
言って失笑を買っていたが、達成率二六%で何が『上げ潮』だ。完全に『引き
潮』ではないか(爆)。こんな指導力ゼロの坊主が総監でいいのか?日如は即刻、
総監・八木を更迭すべきだ!

信彰よ! お前は暴力事件で更迭だ!
 

フェイク 第987号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月23日(火)10時27分45秒
  (発行=08.12.23)
ビラ配布の妙観講に功徳なし!
二十数年来、増えない「暁鍾」の購読者数
平成二十一年に五万人達成は夢のまた夢

妙観講(理境坊に所属)は、この一年も本紙に破折され続けたことが余程悔
しかったようだ。「慧妙」の本年最終号(十二月十六日付)一面に本紙の写真を載
せて埒もない悪口を書いている。

同講は「平成二十一年までに講員五万人達成を目指す」と叫び続けていた。
これは平成十五年に大草一男が日顕の前で大法螺を吹いたものだが、明年の五
万人達成は夢のまた夢。二十年来、講員の数は千数百人で全然、増えていない。

名簿上の頭数ではなく、事実上の実働数は機関紙誌の購読者数を見ると分か
るもが、同講の機関誌「暁鐘」の購読者数が全く増えていないのである。

第二十七回総会(平成十七年)で副講頭の佐藤せい子は「現況報告および活
動方針」と題した話の中で「暁鐘」を購読して欲しいと大声で呼びかけていた。

「(『暁鐘』には)御法主上人猊下の御説法とお言葉のほとんどを掲載させて
いただいており……」「『難しいから』との理由で、これを購読していない講
員も多くいるのが実状です」「小川御住職は『難しいからといって購読しない
妙観講の講員は、いったい猊下の御指南をどうやって拝するのか』と言われま
した」と訴えた。

しかし、日如や日顕の話は「暁鐘」ではなく、宗門の正規の機関誌「大日蓮」
に毎号、掲載されている。

 その「大日蓮」の記事を焼き直した「暁鐘」を読む必要など全くないのである。

そもそも、活字に弱くて、「文字を見ただけで頭痛になる講員が多い」とい
うから購読者数が増えないのも当然だ。その後も購読者は停滞したままである。

指導教師の小川只道も同総会で「暁鐘」の購読者が増えていないと苦情を呈
して「妙観講の中だけでは、千数百部で二十年前の部数とそれほど変わらない」
と嘆いていた。

妙観講では世帯数は一万以上、人数は二万人以上と発表しているが、この数
字は真っ赤なウソで、講員が増えるどころか、去っていく者が多い実情を露呈
している。

危ない寧楽寺坊主の首

妙観講といえば主な活動はデマビラの配布であり、こんな反社会行為に功徳
がある筈もない。だから講員が増えないのである。

先月来、「政教分離を考える会」(代表・小川頼宣)発行の赤色のデマビラを
東京、関西をはじめ全国各地で配布していたが、これが東京地裁から「極めて
悪質」と断罪されて「配布禁止」の命令が出された。

そのため最近では写真と記事の一部を差し替えた青色のビラを性懲りも無く
配布している。

これも近く断罪されることは間違いないが、法華講員の中には、妙観講の愚
劣な行為を真似してビラを配るバカ者も現れている。例えば、奈良市内では法
華講員が撒いていたという。

奈良県には妙観講は皆無だが、奈良市の寧楽寺には怪しい風体の妙観講員が
出入りしている。同寺の講員達は、講頭の言う事よりも、妙観講の指示で動く
傾向が見られるということだ。

この実態を「俺の目の黒いうちに妙観講を潰す」と言っていた日如が知ると、
住職のクビが極めて危ない。
 

阿部信彰、傷害罪で訴えられる

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月21日(日)19時15分48秒
  19日、日顕は86歳の誕生日を迎えた。

 その前日、息子が富士宮署に傷害罪で訴えられた。訴えたのは里内信徳師。網
走・得成寺の住職である。里内師は宗務院に呼び出しを受け、八木や信彰らに吊
し上げられた揚げ句、信彰師に殴りつけられた。

 里内師は帰路、病院で打撲、2週間の加療が必要と診断された。その診断書を
手に18日、里内師は富士宮署に被害届を提出した。

 富士宮署は大石寺に連絡をとろうと、電話を入れたが、大石寺側は対応せす、
何回も一方的に電話をきった。

 その後、富士宮署の刑事数名が大石寺に踏み込み、実地検分をした。大石寺側
の立会人は小川只道師であったという。

 信彰の暴力体質は以前から宗内ではつとに有名だったが、今回の事件でついに
社会的にも知られることになる。

 隠尊の権威を笠に着て庶務部長などと、ふんぞり返ってきた愚息だが、隠尊の
誕生日にとんだお祝いを届けたことになる。
 

無題の文章中 訂正

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月21日(日)00時57分11秒
  × 皆目抄下
○ 開目抄下
 

顕 正 会 短 信 

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月16日(火)13時22分40秒
  2008.12.16

どこへいった「三百万」 できっこない三百万

浅井昭衛が顕正会の11月総幹部会で「公称会員数が130万になった」と大
ハシャギしたようだが、まさか平成16年に「あと10年で300万を断固成
し遂げる」と7千人の幹部会員の前で宣言したことを忘れてないか。
同年8月22日、横浜国際会議場で行われた「幹部大会」の席上、浅井は次の
ように宣言したのである。

「まさしく三百万こそ広宣流布の鍵である。私はこの三百万をなんとしても十
年以内に成し遂げ、重大な御奉公に備えたいと決意している」
この浅井の宣言に対し、居並ぶ七千名の幹部会員らは11分もの間拍手し続け
たというのだからアホである。

そもそも、顕正会への「入信者数」など、年に3回か4回しか発表されないで
はないか。毎年の「法戦」と銘打たれた勧誘強化月間は概ね2月、3月・4月、
6月・7月、9月〜11月の年4回で、通算すると8ヶ月に及ぶ。しかも顕正
新聞に載る数字を計算すると、勧誘強化月間以外の「勧誘成果」はゼロなので
ある。きっと前年12月と1月の成果は2月に、5月の成果は6.7月に、8
月のは9〜11月につけ加えているのだろうが、そう説明しないことが、ドン
ブリ勘定で運営していることの証拠である。要は、年柄年中数字に追いまくら
れて破綻していく泥舟なのだ。

さて、15年の100万達成から今年の130万へと、5年間で公称30万人
増加したとのことだが、1年で6万のペースで、あと6年で300万できるか
どうか、小学生でもできそうな計算式が解けない、あるいはできると信じ込ん
でしまっている顕正会員は、小学生以下の集団だな。

【附録】16年〜20年の強化月間別勧誘成果(テキストに置き換えます)
H16.2      -
H16.4〜5  -
H16.6〜7   21871
H16.9〜11  25322
総会員数  -

H17.2       -
H17.4〜5   13987
H17.7〜8   16918
H17.9〜11  21427
総会員数 1119374

H18.2      12381
H18.4〜5   14771
H18.7〜8   16033
H18.9〜11  21383

総会員数 1183942
H19.2     11254
H19.4〜5   13669
H19.7〜8   15459
H19.9〜11  21560
総会員数 1245884
新聞発表 1243216

H20.2       11764
H20.4〜5  14527
H20.7〜8  16183
H20.9〜11 21699
総会員数1307359

さて、この表を見て、どこか数字がおかしくないだろうか。19年11月末現
在の新聞発表の総会員数が18年11月末現在の数字に19年の4回の勧誘成
果合計をあわせた数より約2670少ないのだ。この19年の春には男子部某
隊にて大量の入信報告書偽造が発覚し隊長が更迭されたが、この際の「不良債
権」を秘密裏に整理したのだろう。こういう改竄を平気で行う顕正会の勧誘成
果など誰も信用しない。泥船の船長・浅井と一族はただ沈むだけなのだ。
 

フェイク 第986号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月15日(月)01時06分23秒
  (発行=08.12.11)
師の苦心孤忠の戦い、悪僧の陰謀砕く
富士学林の課外授業 「学会破折」を破す
仏法は勝負―学会は興隆、宗門・正信会は疲弊

 「五二年路線」の真実
学会攻撃を続けた過激な坊主共は昭和五十五年七月、大石寺塔中の蓮東坊で
「正信会」を結成した。その機関紙「継命」(昭和五十六年四月十五日付)に
自分達の腐敗と堕落の姿を次のように書いていた。

「近代の宗門は、学会を経済基盤とし、金銭感覚は麻痺(まひ)し、腐敗堕
落が横行し、身には薄墨の衣を纏(まと)うとも、心は緋の衣を着、第一線に
立つべき末寺住職は権威の甘い汁にありつこうと茶坊主と化し、特権階級に固
執して社会より浮上し、平安時代の貴族社会と同じ状態となっていた」
自分達の腐れ切った醜態を的確に言い表している。

こんな堕落僧らが学会を非難中傷するなか、池田会長は連日連夜、宗門対策
に心を砕きつつ、全国の学会員への激励にも奔走した。

特に昭和五十三年は一月の四国指導に始まり、北海道から九州まで全国を回
り、関西・中部・中国などへは複数回、足を運ばれた。

その激務の合間、揮毫し、移動する車中では各部・方面・県歌などを作詞さ
れた。

三月の女子部歌「青春桜」、四月は創価女子学園の「この道」、六月には学
生部歌「広布に走れ」、七月は一ヶ月間で関西の「常勝の空」、中部の「この
道の歌」など十曲、八月は東京の「ああ感激の同志あり」、東北の「青葉の誓
い」、北海道の「ああ共戦の歌」など七曲、そして十一月の「静岡健児の歌」
まで、この年だけで三十一曲を作成。そこには「学会の組織は戸田の命よりも
大事だ」との恩師の心を胸に、宗門の策謀から学会員を護り、同志を励ます師
の熱い思いが感じられる。

「諸天の旗も 色冴えて 護りに護らん 我が友を」(「常勝の空」より)
「苦難の彼方に 瑠璃の城 これぞ本陣 護れ君」(「この道の歌」より)

一つ一つの歌詞に込められた池田会長の万感の想いを学会員が知ったのは、
翌五十四年四月の会長勇退後のことであった。

  学会厳護の精神を継承

宗門は「歌を歌っている時ではない」と非難したが、全国の同志は高らかに
歌いながら、競い起こる障魔の嵐を乗り越え、勝利の歴史を刻んできたのであ
る。

なお、北海道の「ああ共戦の歌」は平成二十年九月、先生ご自身が歌詞に手
を加えられ、題名も「ああ共戦の歌」から「三代城の歌」へと変更され、現在、
北国の同志の士気を大きく鼓舞している。

池田会長は会員の激励に奔走する一方で、何度も本山に足を運び、坊主共に
対して頭を下げられたのである。しかし、坊主共は五十四年三月の「福島発言」
を契機に会長辞任を迫り、法華講連合会は「総講頭辞任勧告」を突きつけてき
た。

その老獪な宗門の陰では終始、叛逆者の山崎正友、資料を盗み出した原島嵩
が暗躍していたのである。
池田会長は勇退。筆舌に尽くせぬ苦心孤忠の大苦闘と英断によって坊主と叛逆
者らの学会乗っ取りという邪悪な大陰謀は砕かれて、学会は大難を乗り越えた。

梅屋は富士学林の授業で「創価学会は崩壊する」と語っていたが、仏法は勝
負だ。正義の学会は興隆し、邪宗門は衰退し、消滅する。

会長勇退の日の心境を記された随筆「新・人間革命」七十九「嵐の『四・二
四』」(平成十一年四月二十七日付の聖教新聞 法悟空)を抜粋して紹介する。
  ※    ※
一九七九年(昭和五十四年)の四月二十四日――。 この日、私は、十九年
間にわたって務めた、創価学会第三代会長を退き、名誉会長となった。

全国の、いや、全世界の同志は、その発表に、愕然として声をのんだ。
その背後には、悪辣なる宗門の権力があり、その宗門と結託した反逆の退転者
たちの、ありとあらゆる学会攻撃があった。

なかんずく、私を破壊させようとした、言語に絶する謀略と弾圧であった。
正義から転落した、その敗北者たちは、今でも、その逆恨みをはらさんと、卑
劣な策略を続けている。これは、ご存じの通りである。

御聖訓には、随所に説かれている。「法華経の行者は諸々の無智の人のため
に必ず悪口罵詈等の迫害を受ける」と(趣旨、御書一四〇ページ等)。

広宣流布の闘争のゆえに、悪口罵詈されるのが、真の法華経の行者といえる
のである。

さらに「佐渡御書」には、「賢人・聖人は罵詈して試みるものである」(通解、
同九五八ページ)と 。
真実の信仰者は、罵詈され、讒言され、嘲笑されて、初めてわかる。

畜生のごとき坊主らの暴圧による、わが友たちの苦悩を、悲鳴を、激怒の声
を聞くたびに、私の心は血の涙に濡れた。

心痛に、夜も眠れなかった。私は、けなげな創価の同志を守るため、一心不
乱に、僧俗の和合の道を探り続けた。

しかし、後に退転した、ある最高幹部の不用意な発言から、その努力が、い
っさい水泡に帰しかねない状況になってしまったのである。

それは、最初から、学会破壊を狙っていた仮面の陰謀家どもの好餌となった。
坊主らは、狂ったように「責任をとれ」と騒ぎ立てた。私は苦悩した。

――これ以上、学会員が苦しみ、坊主に苛められることだけは、防がねばな
らない。戸田先生が「命よりも大事な組織」といわれた学会である。

民衆の幸福のため、広宣流布のため、世界の平和のための、仏意仏勅の組織
である。私の心中では、一身に泥をかぶり、会長を辞める気持ちで固まってい
った。

また、いずれ後進に道を譲ることは、何年も前から考えてきたことであった。

ある日、最高幹部たちに、私は聞いた。
「私が辞めれば、事態は収まるんだな」
沈痛な空気が流れた。
やがて、誰かが口を開いた。「時の流れは逆らえません」
沈黙が凍りついた。わが胸に、痛みが走った。

――たとえ皆が反対しても、自分が頭を下げて混乱が収まるのなら、それで
いい。実際、私の会長辞任は、避けられないことかもしれない。

また、激しい攻防戦のなかで、皆が神経をすり減らして、必死に戦ってきた
こともわかっている。
しかし、時流とはなんだ!

問題は、その奥底の微妙な一念ではないか。

そこには、学会を死守しようという闘魂も、いかなる時代になっても、私と
ともに戦おうという気概も感じられなかった。

宗門は、学会の宗教法人を解散させるという魂胆をもって、戦いを挑んでき
た。それを推進したのは、あの悪名高き弁護士たちである。

それを知ってか知らずか、幹部たちは、宗門と退転・反逆者の策略に、完全
に虜になってしまったのである。

情けなく、また、私はあきれ果てた。

戸田会長は、遺言された。
「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布でき
る」と。

この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の
姿よ。

ただ状況に押し流されてしまうのなら、一体、学会精神は、どこにあるの
か!
   ◇
あまりにも 悔しき
この日を 忘れまじ
夕闇せまりて 一人歩むを
 ※    ※
宗門事件の経過と本質、池田会長の身命を賭しての大激闘を後世に語り継ぎ、
学会厳護の精神を万代まで伝承していかねばならない。
(この項 おわり)
 

実際はもっと多い援助寺院の数

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月14日(日)19時17分43秒
  経済的に困窮して本山から援助を受けている「援助寺院」は全末寺の
1/3にあたる200カ寺以上と言われるが、実際はもっと多いという
見方がある。現実は援助を受けるべき状況だが、「"援助寺院"呼ばわりは恥ず
かしい」と体裁を気にして、援助を受けずに我慢している寺が多くあるという。
寺の床は落ち、雨漏(も)りするのに改修できない。電気代、水道代、
子供が就学している場合は教育費にも事欠く有りさまだ。

一方、別格は本山である。自動的に供養が吸い上がってくるシステムのもと、
贅沢な暮らしが維持されている。あれほど宗内を騒がせた日顕の女房・
政子の億ション問題も、日顕らのもくろみ通り、うやむやにされようとし
ている。

困窮末寺の間からは、「こっちは苦労しているのに、山はノホホンとしてい
る。いい加減にしろ!」といった恨み節が噴出。「いずれ本山は、お荷物で
ある援助寺院を切り捨て始めるのではないか」といった心配の声もあがって
いるが、実際、ある役僧は「宗門は末寺の数を1/3に減らさなければつぶれる」
と嘆いている。

日顕宗はいよいよ、春の来ない「永遠の真冬」に突入しようとしている。
 

まだまだ続く「供養の嵐」

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月14日(日)19時16分30秒
  末寺では、明年「立正安国論750年」の記念事業にかこつけた年末の「特
別供養」の第3回が行われている。法華講機関紙「大白法」も「大功徳を積め
る時」などと盛んに煽っているが、関係者によると、「供養の単価は昨年の
半分程度に落ちている」とのこと。これは信者たちの「拒否反応」以外の
何ものでもない。

さらに、末寺・信者が危惧していることは、一昨年から始まり、今年が最後
と言われていた「特別供養」が、来年以降も行われるのではないかということだ。
というのも、当初は平成21年度までだった記念事業の期間が今年になって
26年度までに大幅延長されたからだ。あわせて事業費も大幅に増額。
たとえば、御影堂の修復については約30億円の当初予算が約40億円に増え、
塔中坊の建て替えも10カ坊の計画が18カ坊に増えるなどして60億円の
予算が100億円近くにふくれあがった。こうして、記念事業費の総額は
当初の110数億円から170数億円へと大幅にアップした。

日顕宗ではこれまでも、平成2年に「開創700年」、6年に「新六万塔」、
10年に「新客殿」、14年には「奉安堂」と、その都度、「これが最後、こ
れが最後」とだまして供養をしぼり取ってきたが、末寺・信者はこの先もずっ
と吸い上げられることだろう。

御金言には、「法華経の御かたきをば大慈大悲の菩薩も供養すれば必ず無間
地獄に堕つ」と。ニセ法主と畜生坊主の大謗法で、信者は激減、裁判では断罪
続きと仏罰が厳然の日顕宗。供養する信者も、哀れな堕地獄は必定である。
 

訂正

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月14日(日)13時57分10秒
  × 先生及び学界
○ 先生及び学会
 

所感

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月14日(日)13時54分20秒
  餃子さん
曾谷殿御返事
「師なりとも誤ある者をば捨つべし又捨てざる義も有るべし世間・仏法の道理によるべきなり、末世の僧等は仏法の道理をば・しらずして我慢に著して師をいやしみ檀那をへつらふなり、但正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧なるべけれ」
大聖人は世間・仏法の道理から外れているものを捨てなさいと言われています。
顕如及び汚れた宗門は捨ててよいのです。

松野殿御返事
「受けがたき人身を得て適ま出家せる者も・仏法を学し謗法の者を責めずして徒らに遊戯雑談のみして明し暮さん者は法師の皮を著たる畜生なり、法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども法師となる義は一もなし・法師と云う名字をぬすめる盗人なり、恥づべし恐るべし」
「少欲知足」⇔「謗法の者を責めずして」「遊戯雑談のみして明し暮さん者」
大聖人は顕如及び宗門は僧ではなく、泥棒だと言っています。

餃子さん私は貴方に感謝しています。
この数日間、こうして大聖人の弟子・先生の弟子として
餃子さんのことを思いながら真剣に祈り唱題を重ね、
九牛の一毛のみでありながらこうして対論の場をいただき、
改めて先生及び学会の正しさを確信できたました。

餃子さん、貴方の先生及び学界への誹謗の罪は消えがたいものではありますが、
宗門の毒から離れて信仰の寸心を改めて速に学会の門に入り一善に帰して下さい。

それが叶わないなら、ここの宿坊様たち(内部告発をされている多くの協力者が居ると言う意味において)のように中から戦いを起こされるか、護法同盟の方々に頭を垂れて共に戦ってください。

私は餃子さんが正しい信心に目覚められることを衷心より願っております。

南妙法蓮華経 南妙法蓮華経 南妙法蓮華経
 

(無題)

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月14日(日)10時59分14秒
  餃子さん
言い返せないものだから難癖をつけるしか脳が無くなっている所が哀れですよ。
みんな見ていますよ。

 「池田先生が世界の要人と会われるとき、相手の信仰する宗派を破折した記事を見たことがありません」
大聖人はこの様に言われています。
皆目抄下
「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし、譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属・寒月に苦をう諸水は月輪の所従・熱時に本性を失う、末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし。」
無智悪国は摂受を前とすと、なんら問題ありません。
原殿御返事(編年体御書)
「聖人の安国論も外典にてかからせ渡らせ給い候、文永八年の申状も外典にて書かれて候ぞかし、其の上法華経と申すは漢土第一の外典の達者が書きて候間、一切経の中に文詞の次第目出度くとこそ申し候え。今此の法門を立て候わんにも、構えて外筆の仁を一人出し進らせんとこそ思し進する事にて候いつれ。内外の才覚無くしては、国も安からず法も立ち難しとこそ有りげに候。」
大聖人も御書のいたるところに外道の方の言葉を引用しています。
また世間の書に通じている達人が広宣流布には必要であり大事である。
その力がなければ広宣流布が出来ないとね。
そしてその結果を御覧なさい今や創価学会は数千万の方が信心に目覚められ
世界192カ国地域に妙法の根を張っているではないですか。
宗門を御覧なさい。昔他宗に馬鹿にされ言われていた針金宗に逆戻り。
平成二年に池田先生が総講頭を罷免されるまで、
面倒を見てもらっていたのはどこの講員たちですか(全てのお講ですね)
いまじゃ、檀徒たちは腹の探りあい、足の引っ張り合いではないですか。
そのどこに大聖人の精神が宿っているのですか。

そう言えば僧とは行動する人のことは御書のどこにあるかでしたね。
御義口伝巻下 第十三常不値仏不聞法不見僧の事
「末法の仏とは凡夫なり凡夫僧なり、法とは題目なり僧とは我等行者なり」
仏=凡夫=僧=行者つまり我ら学会員です。少なくとも宗門の人間ではありません。

悪侶を敬えと言っていないなら、誰を敬えと言ってるんですか。
悪侶をトップとしている宗門の中に良識がある僧侶がいらっしゃるんですか。
供養は最終的にあのトップ2に行くんですよ!
今の宗門の坊主どもは自分の対場が危うくなる
生活が出来なくなるから諌暁が出来ないでいるではないですか。
悪侶に従う=その人間も悪侶・師弟ともに地獄ですよ。
大聖人はそんなものたちの事をこうも破折されています。
三世諸仏総勘文教相廃立
「痛ましいかな悲しいかな末代の学者仏法を習学して還つて仏法を滅す」

もし餃子さんが自分が正僧であるまたはそれに従う弟子とでも言いたいのでしたら、
ここで書き込むより先におやりになることが沢山有るでしょう!

私は貴方の質問に対して応えているなのに貴方はまともに答えようともしない。
この姿勢は、ここの掲示板を読まれてる皆さんが同じことを思っているでしょう。

そしてなんら自分の立場を明確に出来ない臆病者が!
私はそこら辺にいるただの一ブロック長ですよ。
その人間にたしなめられて感情的になっている貴方は本当に情けないですよ。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月14日(日)08時53分59秒
  池田先生が世界の要人と会われるとき、相手の信仰する宗派を破折した記事を見たことがありません  

(無題)

 投稿者:江沢民餃子  投稿日:2008年12月14日(日)08時17分56秒
  別に悪侶を敬えとは言っていません  

盲目とはこれのこと

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月14日(日)03時51分29秒
  大聖人は、正僧と悪侶を明確に分けています。
本当に貴方は可愛そうな方ですね。
宿坊さんに見放されてしまっていることに気づきませんか。

とんちんかんすぎです。

古来より・・・いつからですか。
明確にお願いします。
大聖人の言われる僧とは=折伏に邁進する方

餃子さんの言われる僧とは=坊主

興上人は 日興遺誡置文に
「若輩たりと雖も高位の檀那より末座に居くべからず」
確かに言われています。
しかし貴方は混同してしまっていますよ。
興門流は、正僧は尊敬する 悪侶は攻めよ
若輩=悪侶の事とでも言われるのでしょうか。
その御文を出してください。

「貴賤道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり。しかれども竹に上下の節のあるがごとく、其の位をば乱さず僧俗の礼儀あるべきか。信心の所は無作一仏・即身「成仏なるが故に、道俗何れにも全く不同あるべからず。縦い人愚癡にして等閑ありとも、我れは其の心中を不便に思うべきか。これにおいて在家・出家の不同あるべし。等閑の義をなを不便に思ふは出家、悪く思ふは在家なり。是れ則ち世間・仏法の二つなり。(化儀抄)」と仰せです。」
日有上人はこの御文の何処で、大聖人が言われた悪侶を護れと書かれて居ますか。
餃子さん墓穴ですよ!自爆です!
「其の位をば乱さずば」・・・
遊戲雑談している顕如と門弟ほど俗にハマっている者は類を見ませんよ。

正宗の流儀と興門派の流儀は、とうに違っています。

貴方は何一つ私に答えを返していません。
僧を敬う・・・悪侶を養え と言う大聖人の御文を
私は貴方に言いますが、大聖人が悪侶を攻めよと言う出していますよ!

「新池御書(全集 1443)」
僧=出家 貴方の決め付けです!

「出家=悪」 一つも言っていません。餃子さんの思い込みです。
実際ここの掲示板はそちら方メインの掲示板ですから。
それすら解っていないのがおろかです。

新池御書に
「いかに賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬うべし」
だから〜 貴方は本当に・・・あきれます。
「僧=坊主」脳みそになっているから、正しく御書が読めないんですね!

貴方は顕如が正僧だと思っているんですか?
貴方は謙遜しているようですが、したたかすぎですよ。

私は言いますが、某寺に如が居る時に板ご本尊を削ったのを観てるんですよ!
正宗は脇書きも本尊の一部と言っていますが、だったら大法謗を侵した
早瀬がなぜ、顕宗の二祖になったのか教えてもらえませんかね!

餃子さん
貴方は顕正の方ですか?
でないのなら、何処の立場で言っているのですか?
全く不明確です。
日蓮仏法者以外の方がここで語るのは唯の愚か者です。
退転者なら、ご自由に落ちるまで落ちてください。
私は、貴方に目覚めてほしいの言っているのですが・・・
舎利ホツですらなんこうもの間、流転したのですから。

祈祷抄(全集 1352)に
「正像すでに過ぎぬれば持戒は市の中の虎の如し、智者は麟角よりも希ならん。月を待つまでは灯を憑むべし。宝珠のなき処には金銀も宝なり。白烏の恩をば黒烏に報ずべし。聖僧の恩をば凡僧に報ずべし」と仰せです。
だからなんですか? 正僧こそでしょう。本当に・・・

「>「今の富士の用地は学会が・はっきり言うならば池田先生のご努力で整地され拡大された土地です。また多くの寺院は学会の供養です」
と仰せですが、供養した後も学会のものだと主張するならば、それは供養ではありません。」
バカですね〜〜。供養とは尽くす事を言うのですよ。
身で徹底して行動することも供養なんですよ。
供養の意義もわかっていないのですね。

>「僧=広宣流布に邁進している人」
との御意見を拝聴しましたが、もし良かったら浅学な私めの後学の為めに、そのことを示されている大聖人の御書、御妙判をお教え下されば幸いです。
何度も書いてますが、なにか!
その前に御書を持って悪侶を供養せよ・または僧=悪侶と言う御文を出しなさい!

本当に、人の質問には何も答えられない人ですね!

「皆さんの話を聞いていると池田先生は現代の転輪聖王のように言われていますが、
聖教新聞などを拝見すると、池田先生が世界の要人と会われるとき、相手の信仰する宗派を破折した記事を見たことがありませんが、池田先生が会われる要人は全て創価学会に改宗された人ですか。そうであるのなら、池田先生のもらった勲章や学位は全て創価学会の人から寄贈されたものなんでしょうか?」
転輪聖王・・・貴方の思い込みです。
「池田先生のもらった勲章や学位は全て創価学会の人から寄贈されたものなんでしょうか?」
師匠は代表です!

って言うか、自分の立場をはぐらかしている人間が何を言っても
ここの掲示板で誰も納得する人は居ませんよ。

匿名性を利用して批判することでしか言えない臆病者に
大聖人門下を語る資格はありません。
師団共に地獄ですよ!

すでに貴方は敗残者なのですから頭を垂れて、門下に下るべきでしょう!
 

(無題)

 投稿者:江沢民餃子  投稿日:2008年12月13日(土)23時36分46秒
  >1.出家は上、在家は下。僧侶(坊主)を敬うのが基本と言うのは御書の何処に


1.別に出家が上とか在家が下とかは申しておりません。大石寺(日蓮正宗)では古来より「僧侶を恭う・尊敬するのが基本です」と申したまでです。

日興上人は 日興遺誡置文に
「若輩たりと雖も高位の檀那より末座に居くべからず」
仰せ遊ばされています。

日有上人は
「貴賤道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり。しかれども竹に上下の節のあるがごとく、其の位をば乱さず僧俗の礼儀あるべきか。信心の所は無作一仏・即身成仏なるが故に、道俗何れにも全く不同あるべからず。縦い人愚癡にして等閑ありとも、我れは其の心中を不便に思うべきか。これにおいて在家・出家の不同あるべし。等閑の義をなを不便に思ふは出家、悪く思ふは在家なり。是れ則ち世間・仏法の二つなり。(化儀抄)」と仰せです。

半僧半俗の親鸞教団ならいざ知らず、大石寺(日蓮正宗)においては、

四恩抄 (全集 938)
「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。譬えば薪なければ火なく、大地なければ草木・生ずべからず。仏法ありといえども・僧ありて習い伝えずんば、正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝わるべからず 」

新池御書(全集 1443)
「末代の衆生は法門を少分こころえ・僧をあなづり・法をいるがせにして、悪道に堕つべしと説き給えり、法を心得たる・しるしには、僧を敬い法を崇め仏を供養すべし。今は仏ましまさず、解悟の智識を仏と敬うべし、いかでか徳分なからんや。後世を願わん者は名利名聞を捨てて、いかに賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬うべし。これ正しく経文なり。」

の御文の僧とは 僧侶のことを言います。それが、正しいとか間違っているとかじゃなくて、それが日蓮正宗・大石寺なのです。

常磨さんのお話ですと 僧侶、出家が悪のように聞こえますが、
>「正僧は尊敬しますと」
とされていますから正法正義を貫く僧侶なら 尊敬しても いいはずですよね。

ただ、尊敬に値する僧侶がいないなら・悪侶しかいないから、池田先生に帰依するのは日蓮正宗では認められない話です。(創価学会的にはOKかも知れませんが)

>2.悪侶を敬えという御文は御書の何処に


別に悪侶を敬えとは言っていません。

ただし宗祖は、
新池御書に
「いかに賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬うべし」

祈祷抄(全集 1352)に
「正像すでに過ぎぬれば持戒は市の中の虎の如し、智者は麟角よりも希ならん。月を待つまでは灯を憑むべし。宝珠のなき処には金銀も宝なり。白烏の恩をば黒烏に報ずべし。聖僧の恩をば凡僧に報ずべし」
と仰せです。


現阿部・早瀬宗門は「時の猊下は現代の大聖人」だなどと放言し、52年路線以後も、謗法の池田学会に与同しておきながら、反省もしなければ、責任も取らず、学会を利用するだけ利用したあげく、善導する事もなく、自分たちに逆らうようになったら何百万の学会員を容赦なく破門するなど、日興上人の「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事(遺誡置文)」そのままなのは分かります。

しかしそれをいいことに阿部・早瀬以前の大石寺も謗法だと黒塗りしてしまい、だから現代の転輪聖王 池田先生に帰依をしよう私は違うと思います。

>「僧=広宣流布に邁進している人」
との御意見を拝聴しましたが、もし良かったら浅学な私めの後学の為めに、そのことを示されている大聖人の御書、御妙判をお教え下されば幸いです。

>「今の富士の用地は学会が・はっきり言うならば池田先生のご努力で整地され拡大された土地です。また多くの寺院は学会の供養です」
と仰せですが、供養した後も学会のものだと主張するならば、それは供養ではありません。

皆さんの話を聞いていると池田先生は現代の転輪聖王のように言われていますが、
聖教新聞などを拝見すると、池田先生が世界の要人と会われるとき、相手の信仰する宗派を破折した記事を見たことがありませんが、池田先生が会われる要人は全て創価学会に改宗された人ですか。そうであるのなら、池田先生のもらった勲章や学位は全て創価学会の人から寄贈されたものなんでしょうか?
 

お答えしますよ

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月13日(土)05時19分9秒
  江沢民餃子さん
私は貴方の質問に対し応えているのに対し
貴方は自分が答えられないことは全部はぐらかしていますね。

そのくせ人に教えを請うのに随分高圧的な言い方をされていますし、
「正僧とされる」とは私が選定者で認定するかの言い回しは筋違いですが、
まぁ良しとしましょう。
そしてここからはあくまで私の主観ですが
 開祖   日興上人
 三世   日目上人
 九世   日有上人
 二十六世 日寛上人
 五十九世 日亨上人
 六十四世 日昇上人
 六十六世 日淳上人
の七人は少なくとも全うであったと考えます。
(認められているお手紙で歴史的誤認が在ったとしても仕方ないものと考えます)

後もう一つ
 「大聖人は、一閻浮提総ての人間が仏又は仏の種子を持っている、そしてこの信心で今生に仏を開くことが出来る(成仏する)と教えられています。だったら 池田先生 じゃなくても いいんじゃないの」
そうですね!池田先生に限る必要性はないです。
って言うかご自身の死をいとわず国家諌暁をし抜く方が居れば師と仰ぎますよ。
戦時中は神札を受け、会長及び理事長を登山停止にし、
神本仏迹論をかざした坊主を問いだした責任を当時の会長に責任を取らせ
再び登山停止にした宗門の連中の何処に、国家権力と戦う覚悟の在るリーダーがいるのか伺いたいものです。
加えるなら学会の会長を総講頭に据え、教えを請うていた宗門及び各講なんだったのでしょう。(結局、三代会長しか居ないということです)

有史以来という言葉の意味も解らない方ですから仕方ないですが、
有史の意味はちなみに「歴史で、文字による記録のあること」です。

私は貴方の質問に応えましたよ。

私は答えています。以下順不同

1.出家が上で在家が下という考え方は大聖人の流儀ではない
  (僧侶を敬うのが日蓮正宗の流儀・・・大聖人の教義とは違う)
2.ご本尊は全世界(一閻浮提)に与えられたもので一宗派の特権物ではない
3.大聖人の魂(精神)は場所や物に限定するものではなく
  行動するものに継いで行かれるもの
4.僧=広宣流布に邁進している人
  出家在家は関係ない(在家に上人の記号を与えている)
  僧=出家 それこそ一般世間的な考え方で在る。
  釈迦が説いた教えとも違うしまして大聖人の教義ではない。貴方の思い込み!
  よって在家リーダーが出家になる必要はない。
5.仏とは一仏には在らずされど御本仏は一人 顕本仏迹論を唱える顕宗こそ邪儀
6.石山にこだわる・・・返りたいわけではない。喧嘩を売って来たのは宗門が先。
  法謗の山に大聖人の魂はない。身延離山時の日興上人のお手紙を読みなさい。
  悪の糾弾こそが大聖人の魂
7.法謗の供養は受けない。大聖人が一信徒ですら法謗参拝をした在家の方を
  お断りしていることにつけ、
  また日興上人が身延離山をしたように、
  総ての供養を受けてはなりません。
  今の富士の用地は学会が・はっきり言うならば
  池田先生のご努力で整地され拡大された土地です。
  また多くの寺院は学会の供養です。
  ですから宿坊様が言われたように出て行くべきでしょう。
  地獄に落ちるのですから!
などなどなどです。

っで江沢民餃子さんは私の質問に全部すり替えていはぐらかしていますね。
敗北宣言を撤回したいならまず応えてください。

私の質問
1.出家は上、在家は下。僧侶(坊主)を敬うのが基本と言うのは御書の何処に
2.悪侶を敬えという御文は御書の何処に
3.日寛上人は石山の貫首だと言いましたが、
  日蓮各派から富士の貫首になった方が何人も居るのはご存知ですか。
  生死一大事血脈抄にあるように、というかそれ以外に血脈は他にはない。
  私は結論しますが血脈は受け継ぐものの魂と捕らえています。
4.世間一般論は仏法よりも前提になるのですか
5.「法華初心成仏抄 (全集 550)吉き師とは、さしたる世間の失無くして」
  って思い切り遊戲雑談ばかりですがいかが
6.代々の法主(顕宗流に合わせます)に血脈が流れてる(顕本仏迹論を唱える顕)
  (江沢民餃子さんの言う日寛上人=石山)かのように言っていますが
  代々の法主が自分より前の法主批判をしたり蹴落とす計略を練ったりしていますが
  食い違いは何でしょうか。血脈が流れているとは到底言えません。

他にも細かい問答がありましたが、答えてから批判してください。
貴方がお伺いを立てるならきっちりお教えします。


感想
私は何度も言っていますが、一在家なんですがね。
江沢民餃子さんはご自分の立場すら明かそうともしません。
掲示板は匿名性がありますが、論戦を張ろうとするなら
自分の立場がどのくらいかは明らかにしてからにしてほしいものです。
所詮ご自分に自信がないことの表れなんでしょうがね〜 UU!
 

(無題)

 投稿者:江沢民餃子  投稿日:2008年12月13日(土)00時17分55秒
  正僧は尊敬しますと仰るなら 常磨さんは 日寛上人以外で有史以来の大石寺の僧侶で誰を正僧とされるのですか?  

結局のところ

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月13日(土)00時07分23秒
  何度かやり取りをしましたが
江沢民民餃子さんはまともに返答が出来て言いませんので

ここに江沢民民餃子さんの敗北宣言をします。
 

本当にない頭

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月13日(土)00時04分44秒
  「だったら 池田先生が 大石寺で出家して 法主 にでもなれば良かったのにね」
僧とは広宣流布をしている者だと言っています。
出家在家どちらだからではない。
本当に子供でも解りそうな事が解っていないなんて・・・


さきほど「やっと御所のひいたようですが」
タイトルに誤りがありました事をお詫びします。御書をひいたが正しいです。
 

でた〜〜

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)23時59分48秒
  では問いますが、日興上人はどこの貫首でしたでしょうか。
正解は身延です。

どこに居たからとかは関係ないです。
大聖人の血脈は場所にあるのでは在りません。
邁進する信心の団体にあるのです。

貴方の言い分は日蓮正宗の貫首だったからと言いたいようですが、
正宗自体がまだ100年足らずなのわかっていますか。
戦前戦中そして現在新たに日蓮他派となあなになっている一宗派が
何を偉そうに言ってるのでしょうか。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)23時54分49秒
  >正僧は尊敬します

だったら 池田先生が 大石寺で出家して 法主 にでもなれば良かったのにね。
 

やっと御所のひいたようですが

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)23時52分51秒
  大聖人は、出家と在家のこの様に書き区別していますが
大聖人が言う僧とは信心に邁進する者を言っています。

何度も言いますが「遊戲雑談」に明け暮らしているものは
唯の禿げ・または乞食坊主と言います。

もう一度言いますよ江沢民民餃子さん、
乞食と禿を御所のどこで僧と崇めよと書かれていますか。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)23時50分43秒
  >大聖人は、一閻浮提総ての人間が仏又は仏の種子を持っている、そしてこの信心で今生に仏を開くことが出来る(成仏する)と教えられています。

だったら 池田先生 じゃなくても いいんじゃないの

>私たちが対鏡としているご本尊は日寛上人書写のもです。

日寛上人は 大石寺の貫首ですよ
 

追伸

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)23時48分8秒
  「日蓮正宗では 僧侶 を 尊崇することが基本」
池田先生及び団体がどれほどせきせいをつくしてきたか。
それを当たり前のように感じている時点で江沢民民餃子さんあなたはアウトです。

もう一度言いま。
大聖人が在家信徒へのお手紙の中で一度でも供養した当たり前などと言う事を書かれたことがありますか。
仏法は人の振る舞いにてそうらいけるですよ。

正僧は尊敬します。悪侶は呵責するのが大聖人の信心です。
それこそ何度も書いているでしょう。
江沢民民餃子さんは読解力が全くないようですね。

御書もひけない。一般論が一般論でない。困った方です。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)23時43分4秒
  四恩抄 (全集 938)
「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。譬えば薪なければ火なく、大地なければ草木・生ずべからず。仏法ありといえども・僧ありて習い伝えずんば、正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝わるべからず 」

新池御書(全集 1443)
末代の衆生は法門を少分こころえ・僧をあなづり・法をいるがせにして、悪道に堕つべしと説き給えり、法を心得たる・しるしには、僧を敬い法を崇め仏を供養すべし。今は仏ましまさず、解悟の智識を仏と敬うべし、いかでか徳分なからんや。後世を願わん者は名利名聞を捨てて、いかに賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬うべし。これ正しく経文なり。

法華初心成仏抄 (全集 550)
吉き師とは、さしたる世間の失無くして・いささかのへつらうことなく・少欲知足にして慈悲あらん僧の・経文に任せて法華経を読み持ちて・人をも勧めて持たせん僧をば、仏は、一切の僧の中に吉き第一の法師なりと讃められたり
 

御書以前て

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)23時40分30秒
  私たちに御書以前があるのですか?
世間一般論が貴方の言う「御書以前」でしょうか。

チャンチャラ可笑しいです。
自分の信心を世間の範疇に納める考えがすでに可笑しい事がわかりませんか。
仏法の中に世間のあるんですよ。

江沢民民餃子さんは、やはりまともに話が出来ない方のようです。
 

もう全くお馬鹿なんだから

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)23時36分40秒
  江沢民民餃子さん

 「クーデターでもおこしますか。それとも公明党を使って法律を改正しますか。」
公党は、民衆のための政党です。私党では在りませんから、創立者及び支援団単体はそれを望みません。

 「池田先生が新しい仏なら」
大聖人は、一閻浮提総ての人間が仏又は仏の種子を持っている、そしてこの信心で今生に仏を開くことが出来る(成仏する)と教えられています。
貴方が、ご自身の信仰が解っていない事の証拠です。
ただし、本仏はどこまでも大聖人お独りです。
自分のことを本仏だといっているのは顕です。
檀徒又は宗門坊主だったら知っているでしょう。

「大聖人 戒壇の御本尊 大石寺に 固執する必要は無いんじゃないんですか。」
別に固執していません。ただ正邪を持って正しているだけです。
池田先生は宗門とよりを戻すことはないと明確に言われています。
御書に曰く
「若し善比丘あつて法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子・真の声聞なり」
の通り大聖人の弟子だからです。人の善意を食いものし人を悪の道に引き込む真性の悪は徹底的に戦うのが弟子として大聖人に最大に賛嘆されることだからです。

「池田先生が創価学会の人が拝む 御本尊を御図顕 すればいい話なんじゃないの。 」
私たちが対鏡としているご本尊は日寛上人書写のもです。

貴方はもしかしたら日顕宗の檀徒なのでしょうか。
それにしても、この掲示板に書き込むには学がなさ過ぎやないですか。

もう一度言いますが、私は一町に住むそこら辺の一壮年です。
まだピッチピチのヤング壮年ですよ。
そんなレベルの人間に感情論で的外れなことしか言えないようでは
全うな信心をしてるとは言い難いですね。

この後まともに対論を挑めないなら貴方は弟子として負けを認めたと捕らえます。
師匠が師匠だから弟子も弟子なんでしょうと言うことです。
共に地獄です。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)23時29分22秒
  追伸、誰も僧侶が上だとは申していません。
日蓮正宗では 僧侶 を 尊崇することが基本であると申しただけです。
創価学会は日蓮正宗と考え方が違うのだから自発的に
、日蓮正宗の枠組みから外に出たら と言ったまでです、
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)23時19分56秒
  御書以前の話をしているのにね。  

対論が出来ませんか?

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)23時11分56秒
  江沢民民餃子さん

御文の一つもお出しになれないのですか。本当に情けない方ですね。

 「自分が主と思うなら」
・・・自涌、自ら率先して信心する人こそ真に菩薩なのですよ。
大聖人は僧俗差別なく折伏に邁進する方を上人と讃えています。

 「破門になる前に自発的に出て行けば良かったのにね」
居たときはお講では、こちらが言い返さないのを好いことにめいいっぱい弄り、
挙句の果ては散々蔭で画策し最終的に首を切ったのは、坊主ではないですか。

供養に供養を重ね、出家のあまりの無知を、
壁や屋根となって護って来たのも在家のリーダー及び団体ではないですか。
本来逆であるべき姿であるべきものを、なんと言うあきれ果てた言動でしょうか。

私のような一在家の人間にすらまともな対論が出来ないなんて、
ご本尊を大聖人をそして仏罰をこの信仰を信じておらない
商売の道具としか見ていない証拠であリましょう。

貴方の言い分だと坊主が主だと聞こえますが、御書のどこに書いてありますでしょう。
「寺にいて折伏もせず檀徒に供養をせびり、強欲で遊戯雑談にうつつを抜かす坊主が主」
だと言う文証がありますでしょうか。

御書に曰く
「一、謗法を呵責せずして遊戲雑談の化儀並に外書歌道を好む可からざる事。」
「一、謗法の供養を請く可からざる事。」
法謗の供養と思いながらその供養で建てた寺院に居座り続けている者こそが、
真性の悪党です。

在家を破門しながらその供養で湯水のごとく遊び明かしているものは、
間違いなく今生に無間に落ちることでしょう。

江沢民民餃子さんもう一度、言います。反論があるなら御書を持って対論をしてきなさい。
「あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり」ですよ。
御書に照らせば顕・如を師匠に持つ貴方は共に現身に地獄に落ちます!
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)22時54分36秒
  例えそう言う理屈が立っても、法的に無理でしょ。
クーデターでもおこしますか。それとも公明党を使って法律を改正しますか。

池田先生が新しい仏なら 大聖人 戒壇の御本尊 大石寺に 固執する必要は無いんじゃないんですか。
池田先生が創価学会の人が拝む 御本尊を御図顕 すればいい話なんじゃないの。
 

違うでしょ!

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月12日(金)22時32分43秒
  坊や 日蓮大聖人の、 ここの意味分かるかな?

『当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す』(P.254)


ここが分かるのなら大石寺から出て行くのは坊主でしょ!
違いますか?
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)22時28分42秒
  やっぱり、自分が主と思うなら、破門になる前に自発的に出て行けば良かったのにね。  

本化国主の和合僧団である池田先生とSGI

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月12日(金)22時20分37秒
  坊やは文証も出せないのか?

『当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す』(P.254)


大聖人も四菩薩が真の折伏を実践する時には、
在家の王となって出現すると断言されている。

「事の広宣流布」の時、「本化国主」が現れる。

そ時の「王」が「本化国主」即ち、池田先生とSGIである。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)21時30分39秒
  >池田先生(本化国主)
仮に本化としても国主ですから眷属です。
いやだったら、池田氏が出家して猊下にでもなれば良かったのに。

何度も言うようですが、自分が主と思うなら、破門になる前に自発的に出て行けば良かったのにね。
 

日顕宗は日蓮と無関係

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月12日(金)20時50分46秒
  >日蓮正宗の下に宗教法人創価学会がある

可笑しいのは君の頭だよ!
日蓮正宗の下に創価学会があるのではない。

創価学会 池田先生(本化国主)が現れたならば、
その方が主人であり日蓮正宗の坊主達は主人のため
手足となって働くのが坊主の使命なのだ。
坊主は『家来』です。

創価学会から離れたら日蓮正宗に、残るのは『ハゲのカス』だけ。

拾って育てて大きくして、メシを食わして寺を建てて、
何の役にも立たない坊主がごろごろ。

惰眠をむさぼっていた坊主を教導し謗法を教え、
広宣流布の大切さを手に取るように教えてきたが、
何の価値もない豚が僧俗差別を説き経文通りの僣聖増上慢として表れた。

『即ち是れ出家処に一切の悪人を摂す』云云。

『三衣を身にまとひ、一鉢を頸にかけ、八万法蔵を胸にうかべ、十二部経を口にずうせん僧侶が、彼の仏法を失うべし。』

恩を仇で返す畜生の坊主、 日顕に追随することは畜生にも劣る。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月12日(金)09時43分22秒
  いやだったら、自発的に宗外に出れば良かったのにね。
宗教法人日蓮正宗の下に宗教法人創価学会がある構造はどう見たって可笑しいでしょう。

別に日蓮正宗の外に出ても、大聖人様、戒壇様に対する信仰心さえしっかりしていれば、
別にどうってことないでしょ。
 

わかってないな〜

 投稿者:常磨  投稿日:2008年12月12日(金)03時02分30秒
  江沢民民餃子さん

一度目の投稿だけでしたら何も触れることはしませんでしたが、
二度目での投稿を読むからにどうも関係者のようですね。
私が書き込む前に宿坊様も書かれていますが、
理路整然としたやり取りがあるべきでしょうからあえて書き込みます。

別法人になったのには、客観的に外護する為に必要であって、
それは偽官主一世の顕が出現する前の最後の官主
達師は必要性を認めていました。
それは一信徒の私ですら知っています。

そのようにしても、第三代の会長は会長を勇退せざる終えない状況が出来ました。
もし、別法人でなかったらそれこそ正しい(別宗派の人間からは違う見解でしょうが)
信仰は護り貫くことは出来なかったでしょう!

「信徒団体のくせ」・・・とはなんでしょうか。

あなたは僧侶が全ての教義を知っていて
成仏のための印籠も渡せるとでも思っているのでしょうか。

その教義は釈迦の唱えた仏教の経典、日蓮大聖人のお残しなられたお手紙
及び教義部の結集された御書のどこを開いたら、
あなたのおっしゃる蔑視的な教えがあるのでしょうか。
それとも貴方の我見でしょうか。

そのように言うからには、まずは御文を通して示してください。
 

江沢民民餃子さんへ

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月11日(木)22時24分40秒
  あなたの現在の信仰は何宗ですか?

何に! 日顕宗?

だったら日蓮大聖人と全く関係のない邪宗です。

>僧侶を尊崇

日顕宗には僧侶はいません、  『ハゲ』の集まりです。

日顕宗という『ハゲ』の集まりが、日蓮大聖人から破門されたのです。

当時の日蓮正宗は創価学会があったればこそ、

大聖人の血脈が細々と流れていたのです。

創価学会はご主人様で、宗門は鍵を預かる雇われ管理人。

坊や!  これでいいかな(笑)。
 

(無題)

 投稿者:ぞうり持ち  投稿日:2008年12月11日(木)21時51分22秒
  僧侶を尊崇し、寺に供養していたのに寺から破門通知が来た。
ぞうりを揃えかばん持ちまでしたのに。
丑寅の役員では緑のたぬきで年を越した。
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月11日(木)18時53分52秒
  常識的に考えれば創価学会は破門される前は日蓮正宗の信徒団体なのであるから、
僧侶を尊崇し、寺に供養するのは当たり前。
いやだったら、自発的に宗外に出れば良かったのに。
追伸
そもそも日蓮正宗の信徒団体のくせに創価学会という宗教法人を取ったことが
今日の対立の大きな始まりの一歩
 

フェイク 第985号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月11日(木)01時14分51秒
  (発行=08.12.10)
悪侶の狙いは供養収奪と寺の建立
富士学林の課外授業 「学会破折」を破す
学会に教義逸脱はなく、宗門は昔から「謗法の山」

 「五二年路線」の真実
学会出版物の表現上の些細な問題点を追及した宗門には、言葉ではなく実際
に御本尊の不敬、偽造、乱売などの謗法の実態が昔から無数にあった。これら
謗法の数々を棚に上げ、信徒の表現が「教義逸脱」「謗法」だと批判していた。
(次頁に宗門の謗法の実例を一覧にして紹介)

宗門が学会の「五十二年路線」を「謗法」と決めつけたのは、学会が会館等
の施設の整備にも力を入れ始めたことを「独立の準備」と邪推したからである。

学会は創立以来、会館建設よりも宗門外護を最優先に取り組んできた。その
象徴的な事例が学会本部の建設を延期したことである。

昭和二十七年、学会は信濃町二五番地に用地を購入したが、この頃、大石寺
の五重塔が傷んでいることが分かったため、本部の建設を延期して五重塔の復
興を優先させた。

学会は大石寺の整備に力を入れる余り、会員数の急激な増加に対しても会館
は小規模で少なく、各部の月例幹部会なども外の体育館、公会堂、大学の講堂
などを借りて使用するなど、広布の拡大に即応できない状況にあった。

そのため、正本堂建立を機に「広布第二章」と銘打って、日蓮大聖人の仏法
を一段と幅広く社会へ展開していく活動を進めると共に、内部の整備・充実に
も力を注ぐようになった。それがまた、今後より一層、宗門の外護に通ずる道
であると確信していたのである。

昭和四十七年十月一日、正本堂完工式で池田会長は「日蓮正宗は第一章をこ
こに終わり、本日より第二章に入ったわけであります。あくまでも、民衆のた
めに――」と挨拶。どこまでも民衆の側に立つのが学会である。会館の建設・
整備もその一環であり、会員のためであった。坊主と寺族の裕福な生活を第一
義とする宗門とは根本的に違うのだ。

「会館は近代の寺院」

特に、坊主共は昭和五十二年一月の教学部大会での講演「仏教史観を語る」
の中の「供養とは、あくまで仏法のためになすのであります。その供養が仏法
流布に生かされるならば、在家の身であっても供養を受けられるという思想が
あります」という個所に噛み付いた。坊主は所詮、供養の金が狙いなのである。

これは日達法主の説法を確認したにすぎない。それは昭和五十一年六月十八
日、室蘭・深妙寺での説法である。「学会は一つの宗教団体である。御供養を
受け、或いは寄付を募集する。皆んな自分の学会員、信徒、それ等から貰うん
で少しも恥づることも無ければ、世間で批判することの筋合も無いのでござい
ます」

更に、会長講演の「儀式だけを行い、我が身の研鑚もしない、大衆の中へ入
って布教をするわけでもない既成の寺院の姿は……」「学会の会館、研修所も
『近代における寺院』というべきであります」に坊主共は猛反発した。

「我が身の研鑚もしない」とは一般論としての話だったが、宗門僧は身に覚
えがあるため逆恨みしたのだ。

また、宗門は無計画に得度させていたので無任所教師が増え、学会に寺を建
立させようとしていたのだ。

宗門の御本尊不敬・大罪一覧(順不同)

●明治三十七年の日露戦争に際し、時の法主・日応(第五六世)は一万体にも
  のぼる「戦勝守護の御本尊」とやらを作成して売りさばいていた

●「未来大曼茶羅」「未来御本尊」(相貌は「導師曼荼羅」に似ている)を作
  って高額の供養と引き替えに渡していた。特に、六十世・日開は御供養欲し
  さに好んで書いていた。この「未来大曼茶羅」「未来御本尊」は骨壷の中に
  入れるものだが、学会の戸田第二代会長は生前の信仰こそが大事で、「未来
  大曼荼羅」「未来御本尊」などは不要だと喝破していた

●東京・品川の妙光寺では戦中、日蓮大聖人の御真筆の御本尊を「謹写」して
  御守りとして授与し、御供養を取っていた(「妙の光」昭和十二年九月十六
  日付)

●「織込純金襴御本尊」なる邪宗の本尊の広告を宗門の機関誌「白蓮華」に繰
  り返し掲載して広告料を稼いでいた(発行責任者は阿部法運、後の日開)

●宮本慈亨(当時、滋賀県大津市・仏世寺住職)は住職でありながら、寺院の
  本堂に安置している板御本尊を「強奪狂言事件」を演じて総本山から金を引
  き出そうと企み、仲間と板御本尊を外して運び出した。しかし、本山が板御
  本尊よりお金に固執したため失敗した。

●秘蔵しておくべき一閻浮提総与の大御本尊を提影し、その写真を明治四十四
  年刊の「日蓮上人」(熊田葦城著)に掲載した。
しかも、第六十世・日開は、その謗法の張本人である由井一乗(本名=由井幸
吉)を昭和四年五月十三日付で「外護ノ勲功二依リ」と称えて総講頭に任じた
うえ、賞与の大曼茶羅まで授与した

●第十九世・日舜の晋山(堀日亨上人は寛永十八年と推定)は「敬台院の指図」
  と「法詔寺・日感の肝入り」によることは「舜師書付」及び敬台院の書状な
  どに明白であり、日精の指名も無ければ、相承も無かったのである。
精師から舜師への相承は、舜師自身の記録には正保二年となっており、晋山か
ら約四年間の空白があるが、この間、舜師が本尊を書写していた記録が「諸記
録」に残されている。

●第六十世・日開は御本尊を誤写し、僧俗によって退座を要求されたことがあ
  る。
日開・日顕の父子は共に僧俗から退座を要求された。宗門の暗黒史上でも希に
見る法滅の怪僧である 。

●邪宗「浅間神社」に安置する御本尊を大石寺の第三十三世・日元が宝暦十四
  年に書写した(「静岡県史民俗調査報告書」より)

●国柱会の山川、姉崎博士ら謗法の者が登山した際、第五十三世・日布は御宝
  蔵に招き入れて御開扉を行い、勤行したあと丁寧に御礼の言葉まで述べた
  (「大日蓮」昭和十年三月号)

●東京・青山の自得庵の御本尊の正面で日恭(大石寺第五十八世)、日満(第
  六十三世)ら法主や高僧たちが記念撮影したが、御本尊も一緒に撮影して、
  しかも、その写真を機関誌「大日蓮」の昭和十五年二月号に掲載した。

●東京・豊島区の法道院では、所化が鼻歌を歌いながら御本尊を印刷していた。
印刷された御本尊が所化の足下にも散乱していた。
また、法華講員が御本尊の印刷状態を東京・豊島区の法道院近くにあるアパー
トの一階六畳間で点検していた。
刷り上がったばかりの御本尊を手に「これはいいな」「こりゃダメだ」などと
点検し、判定していた。
そして、刷り損じた御本尊を大量に豊島区内の道路端に廃棄し、それが風に吹
かれて飛ばされていた。

●総本山膝元の熊久保・半野地区の神社、お堂で板御本尊と神札などの謗法が
  混在のままで安置してある。
ちなみに、明治四十一年に日蓮正宗(当時は日蓮宗富士派)が建立した金刀比
羅神社には、右から板御本尊、日蓮大聖人の御影、金刀比羅、板御本尊の順に
並べてあり、稲荷堂、文殊堂、半野氏神神社、熊久保氏神神社にも板御本尊が
置かれているが内部は荒れ放題になっている。

●昔から法華講員らが身延派僧侶を招き、一緒になって総本山近郊の文殊堂に
  安置されているは第六十二世・日恭の板本尊に読経・唱題している。
これらの謗法は氷山の一角にすぎない。(つづく)
 

フェイク 第984号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月10日(水)00時38分5秒
  (発行=08.12.09)
宗門は表現上の些細な問題に難癖
富士学林の課外授業 「学会破折」を破す
学会側は耐え忍び、極悪坊主は檀徒づくり

「五二年路線」の真実
悪僧共は学会発行の聖教新聞、大白蓮華をはじめとする機関紙誌から各種文
集にいたるまで血眼になってアラを探し、些細な表現上の問題に難癖をつけて
学会を非難中傷したのである。「教義の逸脱がある」「謗法だ」「僧侶軽視」
「寺院軽視」等々と言って訂正を迫り、謝罪を強要するものであった。

例えば、池田会長のてい談「法華経の展開」(「大白蓮華」昭和四十九年四月
号)の中の「創価仏法の原点は、いうまでもなく戸田前会長の悟達にあります」
の個所を槍玉に上げて「創価仏法とは何ですか。日蓮正宗の仏法の外にあるの
ですか」と、愚劣な質問をする始末だった。

創価仏法とは「日蓮大聖人の仏法を流布するための仏法運動」であることは
分かりきっているのに、宗門は難癖をつける底意地の悪さを見せていた。

また、池田会長の「諸法実相抄」講義(聖教新聞の五十二年一月五日付)の中
の「戦後は第二代会長・戸田先生が、東京の焼け野原に立って、一人、唱えは
じめられ……」についても難癖をつけた。

 宗門は「大聖人がただお一人、唱え初められたお題目であるにも関らず二代会
長が唱えはじめられたというのは僭越ではないか」といった具合だ。

これは戦後、日蓮正宗の坊主共が惰眠をむさぼるなか、戸田先生が一人、決
然と広宣流布に立ち上がられた歴史的事実を述べたものであって、教義の逸脱
とか、行き過ぎどころか、本格的な広布の第一歩となる感動的な記述である。

このほか宗門は「日蓮大聖人直結とはどういう意味か」「大聖人と牧口会長
は同じ意味か」「戸田・池田会長に南無し皆に拝ませるのか」など三十数項目
にわたって、回答するのもバカバカしい陰湿な質問を学会側に突きつけて、謝
罪せよ、訂正せよと迫り、その一方で学会員を脱会させて檀徒づくりを進めて
いった。

僧俗和合を願い謝罪

池田会長は一千万会員を宗門の魔の手から守るため、ひたすら耐え忍び、昭
和五十二年十二月四日、宮崎の日向本山定善寺の本堂新築落慶入仏式に発願主
として参列して謝罪。会長は「僧俗和合を図り、揺るぎない広布万代の基盤を
確立していきたいと念願している」「ここに謹んで御寛恕くださるようお願い
したい」旨、挨拶。これが通称「御寛恕願い」と言われているものである。

学会は五十三年六月三十日付の聖教新聞に「教学上の基本問題について」と
題する訂正・確認の記事を掲載した。これは新聞の日付から「6・30」と呼
ばれるようになった。

更に五十三年十一月七日、学会は創立四十八周年記念幹部会を大石寺・大講
堂で開催し、席上、池田会長は重ねて居並ぶ坊主共に謝罪。いわゆる「お詫び
登山」と呼ばれるものである。

それでも悪僧共は「学会の反省、謝罪は本心からではない」と決めつけて批
判を続け、脱会者達を大石寺に集めて全国檀徒大会を開催した。学会攻撃は激
しさを増し、反学会坊主も増え、池田会長は苦心孤忠の戦いの日々だった。
(つづく)
 

(無題)

 投稿者:江沢民民餃子  投稿日:2008年12月 9日(火)18時03分26秒
  フェイク
記事の内容が偽物(フェイク)か?
 

フェイク 第983号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月 9日(火)01時09分56秒
  (発行=08.12.08)
宗門の権威で学会員を弾圧
富士学林の課外授業 「学会破折」を破す
葬儀でも学会批判、願主を罵倒した狂気の御講

「五二年路線」の真実
昭和五十二年に入ると、宗門側は宗教的権威・権力を笠に着て、学会に対し
て弾圧を加えてきた。自らの宗派の信徒に向かって誹謗中傷し、攻撃する狂っ
た宗教団体は日蓮正宗の他には、何処にもない。広宣流布の精神を忘れた坊主
共は通夜とか告別式、また法事の席でも学会批判を繰り返し、参列者に嫌悪感
を抱かせていた。なかには学会寄進の寺の落成入仏式で、学会の悪口を言う坊
主も現れた。

特に、各末寺の御講では御書講義などは簡単に済ませ、池田会長に対する非
難中傷を浴びせていた。

この御講は従来、参加者が少なかったために、昭和四十三年からは池田会長
の発願によって学会員も多数、御供養を持って毎月、日蓮大聖人の御入滅の日
に参加するようになったという経緯がある。つまり、発願主は池田会長なので
ある。

その御講の席で毎月、発願主を罵倒するという異常なものであった。

そんな御講を振り返って池田会長が昭和六十二年八月二十七日、東京・杉並
区幹部会で次のようにスピーチ。これを読み返すと、いかに悪侶共が学会員を
愚弄し、侮辱し、それによって、当時、どれほど学会員が悲しみ、苦しんだか、
その状況がよく分かるので、ここに聖教新聞から転載する。
 ◇   ◇
「悪僧は、御講が終わったあと幹部や信徒を呼びつけ、さんざんに、いじめ
た。御講のさい、目と目があえば『僧を侮辱している』と怒る。下を向いて話
を聞いていれば『真剣味がない』と叱る。また笑顔を見せれば『僧を小バカに
している』と怒鳴る。首を上にあげると『信徒のくせに生意気だ』といって叱
る。

多忙のため少し遅れて来ると『信心がない』と青筋を立てて怒る。静かに話
を聞こうと思って目をつぶると『居眠りをしている』といって怒鳴る。彼らに
は、一片の慈悲心もなかった。片鱗だにも誠意がなかった。また、一かけらの
信心もなかったのである。

これこそ正宗を利用した恐るべき狂気の沙汰といっても過言ではないと、慨
嘆し、涙していた幹部の姿を私は忘れることはできない。

それも一人や二人の幹部ではない。何百人、何千人、いな何万、何十万の幹
部や同志が同じ思いをしたことか。この事実は絶対に許されるべきことではな
い」
 ◇   ◇
この池田会長のスピーチが第一次宗門・学会問題の真相を端的に伝えている。

日蓮正宗の坊主共は「学会は謗法だ、教義逸脱だ」と言いながら、学会員か
ら供養を取るだけ取って、見下し、怒鳴りつけていたのである。こんなことが
教導とか善導といえるのか!

梅屋は実兄の葬儀に顔も見せず学会批判

梅屋は坊主共が学会員に対して行なった悪逆非道の仕打ちには何も触れず
「学会が謗法だった」等と強調していたが、何よりも「僧侶は信徒を苦しめて
はならない」と教えるべきである。

しかし、この梅屋自身が「坊主失格」との声が上がっている。十月に死んだ実
兄の通夜・告別式には顔も見せなかったからだ。

こんな梅屋に所化を教育する資格はない。(つづく)
 

フェイク 第982号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月 7日(日)23時30分51秒
  (発行=08.12.07)
学会の解体を狙った宗門の陰謀
富士学林の課外授業 「学会破折」を破す 
「謗法を糺す」は口実、学会員を檀徒にする狙い

富士学林大学科(東京都渋谷区内)では「創価学会の破折」についての課外授
業を十月に二日間、昼夜にわたって徹底して行なっていた。こんな愚劣な課外
授業を行なう富士学林大学科とは、日顕が虚勢を張って作った無認可の私塾で
ある。

大学科とは名ばかりの寺子屋で、卒業しても何の資格も得られない。かつて
宗門は、韓国の延世大学やインドのデリー大学などの大学院に、"大学卒"と詐
称させて所化を入学させようとしたことがあった。

 その手口は「富士学林大学科」を「フジ・ガクリン・ユニバーシティー」と偽
り、正規の大学を卒業したかのような卒業証書を偽造して、ニセの卒業証明書
には履修した科目や成績までも書き入れ、ローマ字で学林長・八木信瑩(日照)
がサインもしていた。

こんな富士学林大学科について、宗内随一の秀才を自認する花野充道が「な
ぜ普通の大学に行かせないのか」と、日顕の自尊心を打ち砕いたことがある。

さて、課外授業を担当したのは渉外部副部長の梅屋誠岳で、「政権与党とし
ての立場から今後見えてくるもの。これまでの創価学会の訴訟をとおして、国
政を左右している実態とこれからの動きを予想する」と題して講義した。こん
な授業をする「ユニバーシティー」など、ある筈がない。

テーマを見ても、その意図はよく分からないが、初日は学会の成立から「昭
和五十二年路線」(第一次宗門・学会問題)に至った経緯を講義。二日目は
「五十二年路線」以後の正信会問題から第二次問題と破門に至った経緯につい
て我田引水の説明をして、訴訟問題についても話をしていた。

この第一・第二次問題の真相を端的にいえば、宗門が学会の解体を狙った不
当な弾圧のことである。

 まず、「五十二年路線」と言って宗門が学会を攻撃した第一次問題について、
富士学林大学科生に限らず、当時を知らない人達の正しい認識のために、本号
から連載を開始する。

梅屋の講義は間違い

宗門による学会攻撃を学会側は「宗門問題」「宗門事件」と呼び、宗門は
「創価学会問題」と呼んでいるが、本紙は公平・中立の立場から「宗門・学会
問題」と呼ぶことにする。

梅屋は終始一貫、学会が「謗法で悪」、宗門が「正」という偏った視点から
無知な大学科生に向かって講義をしたが、これは正反対だ。

第一次宗門・学会問題は昭和四十八年頃から、くすぶり始めていた。正本堂
落慶の後、宗門は何の証拠もないまま、学会に不信感を抱き続けていた。

それが一挙に火を噴いたのが昭和五十二年であった。

坊主共は「五十二年路線の謗法を糺して善導する」という口実で、学会に攻
撃の刃を向けてきた。そこには学会の宗教法人を解散させて、学会員を隷属さ
せる卑劣な狙いがあった。

つまり、学会員を脱会させて寺の直属檀徒に取り込み、また脱会しないで学
会に残った会員も、学会運営の主導権を握った坊主共が支配するという陰謀が
あったのである。この時、学会厳護に徹した池田会長の決断と戦いを語り継い
でいかねばならない。(つづく)
 

フェイク 第981号

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月 4日(木)17時41分8秒
  (発行=08.12.04)
寿命縮める明年の「登山地獄」
炎天下で七万五千人の総会など無謀な企画
死人・病人の続出が見込まれる折、医薬坊を破壊

普段は「立正安国論」の研さんも実践もしていない日顕宗が、供養集めのた
め、明年を「立正安国論正義顕揚七五〇年」と銘打って、五十万総登山とか七
万五千名大結集総会だの、記念支部総登山だの、記念大法要だのと仰々しい名
称を冠した行事を並べて大騒ぎしている。その概要を「大白法」十二月一日号
の中に「保存版」として折り込み、「このページを抜き取り、お手元に置いて
活用してください」と書いている。

それによると、七万五千名大結集総会とは七月二十六日(日)に炎天下の野
外広場で開くという無茶苦茶な企画である。宗門としても無謀だとは分かって
いるらしく、小学生以下の子供、乳幼児を連れての登山、車イス利用者、及び
付き添いが必要な高齢者は参加しないよう呼びかけている。

だが、乳幼児、車イス利用者、高齢者が参加しないで七万五千名の結集は絶
対に不可能である。

今年前半、四方面で開いたプレ大会を見ても、西日本大会は三万五千人の目
標に対して参加者は約一万人近くも少なかった。それを記念局文書では「三万
三〇一七人」と水増し発表した。

また、九州大会は前日からの大寒波のため、確約したという一万三千人には
遠く及ばず七千五百人そこそこだった。これも記念局では「結集目標一万名の
ところ、地涌の友一万〇一三三名(要員信徒、出演者信徒を除く)」と発表し
た。

北海道大会は、六千人の目標に対し、集まったのは役員、出演者など全て含
めても約四千人だった。この時も「地涌の友六〇〇六名(要員信徒、出演者信
徒を含む)が結集」と参加者数を二千人も水増し発表した。

東北方面の大地震の翌日に強行した東日本大会について「大白法」は「三万
四二六一名」と発表したが、その「大白法」に掲載の写真を見ても、二万九千
席を辛うじて埋めた程度だと分かる。

つまり、四大会を合計しても総数は約六万五千人。しかも、この中には乳幼
児や高齢者、車イス利用者も多数含まれていたのだ。

明年の登山も最後は赤ん坊も病人も無理に駆り出されるに違いない。そこで
心配されるのが死人や病人、怪我人が出るなどの事故の多発である。

そうした折、大石寺では、遂に医薬坊までも解体してしまった。(写真を参
照) かつて学会員が登山していた際、一切無事故であったが、万一に備えて
の医薬坊であった。

この坊の解体は、未だ法華講員には知らされていないようだが、明年の五十
万登山への参加は寿命を縮めることになる。

大腿骨を骨折した老婦人を一夜、放置するような無責任体質だから医薬坊な
どは不要なのだろう。
 

越 洋 2008-11-29

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月 3日(水)19時32分10秒
  最近、飲酒運転による事件・事故が頻発している。しかも、飲酒運転で事故
を起こし、発覚すれば逮捕・拘留されて刑に服さなければならないため、人を
轢いて救助もせず、無慈悲にもひきづって死亡させた無惨な事件が続いた。
事故が起こった時点で、対処していれば命が助かったと思うと残念でならない。

驚くことに、交通事故防止を推進する警視庁の「警視」が飲酒運転で逮捕さ
れ、懲戒免職になった。

大石山の日顕は飲酒運転ではないが、酩酊状態で高級車に乗り、運転する坊主
に正面の信号が赤でも、「左折するからいいんだ。行け!」と信号無視を指示。
「赤信号だからダメです」と言う運転手の頭を殴ったこともあった。隠居した
現在でもノウノウと世田谷と蓮葉庵を本山の公用車(ベンツ)に乗って政子と
共々に行き来して遊んでいる。こんなふざけたジィさん、バアさんは世界中さ
がしても何処にも居ない。

恒例の御大会が冷え込みの激しかった11月20・21日に行なわれ、20日
は気温がどんどん下がって夕方には2度。風が冷たく体感温度は氷点下。日如
の寿量品の講義は何を言っているか支離滅裂で意味不明。

淫尊の日顕も偉そうな顔で参加していたが、日如を後継法主にしてあげたのは
ワシだとふんぞり返っていた。この日顕は前立腺が緩んで,すぐションベンを
漏らす。だから老人用パンパ−スを付けているという。

日顕は元気だから本山に来ているのじゃない。日如に、まだまだワシャ元気だ
と存在感を見せつけるのと小遣いをもらえるからだと、専ら言われている。

差別の歴史が宗門の在り方だ。代々坊主、少年得度、一般得度と、その差は歴
然だ。能力なんて関係ない。一日でも得度が早ければ、そいつが偉い。権威主
義と暴力主義、こんな世界は何処にもない。社会性はゼロ、金銭感覚は麻痺、
もう二度と御宝前に溢れるほどの御供養が積まれることはないだろう。

恩を仇で返した畜生以下の所行の結果なのだ。今後はますます疲弊し、凋落
の一途をたどることになる。
 

勝ち戦 第126 号 

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年12月 3日(水)01時15分51秒
  2008 年12 月3 日(水)
尾林日至、緊急入院!
原山元征、頭部を緊急手術!
阿部信彰、「余命十五年」!

本年日顕宗は、『躍進の年』と銘打って新年をスタートしたが、案の定、プ
レ大会の大失敗、折伏の低迷と、躍進どころか後退、衰退の一年であった。ま
た、僧俗に罰の現証が続出する『厄進の年』でもあった。御書に、「始めは事
なきやうにて終にほろびざるは候はず」と仰せの通りの現証だ。

広布破壊のA 級戦犯、尾林日至(品川区・妙光寺住職)は、奇病で倒れ、九月
の唱題会では遺言を述べていた。その後、二大法要の一つである御会式を欠席
し、住職としての職務も遂行できなくなった。尾林は緊急入院し十一月度の御
講、支部総登山にも欠席した。

住職不在の悲愴感漂う中で行なわれた登山会では、正道講講頭の諏佐が挨拶
に立ったが、にっちもさっちも行かない寺の状況に胸を詰まらせ、涙
を流して嗚咽していた。

一方、西中国布教区支院長で興福寺(広島市)住職の原山元征も、十一月中旬、
頭部の病気が発覚し、半身不随になる恐れがあるとして、大阪大学病院で緊急
手術を行ない、現在も入院中だ。

原山は、十一月九日の御講で、「私も今度ちょっと病気が見つかりまして、
この度入院することになりました。我々が病気になったり、いろんな事故にあ
ったり、本当にいろんなものに遭ってくる。それをあえて隠す必要はない!
ま、あえて一生懸命言う必要もないですけども… ( トーンダウン)」と、自ら
が入院することを告白。

原山が、「病気、事故、いろんなものに遭う」と発言したのは、講中で様々
な病気や事故等の不幸な出来事が多発しているからだ。この日、久しぶりに姿
を現した、前講頭にも異変があった。

片腕が不随になりブラブラさせていたのだ。参詣していた信者達は、「なぜ
寺では不幸なことばかり起きるのか」と不信感をつのらせていた。

一切の不幸の根源は、天魔・日顕の存在に他ならないが、その息子の信彰でさ
えも、共に悪事を働いてきた坊主仲間の異変に、「明日は我が身」との不安を
隠しきれない様子だ。十一月九日、妙國寺( 板橋区) 御講で信彰は、「私なん
て、あと十五年。まあ、その辺かと思ってます。もってね。もともと死んでて
いいんですよ私。実はね、大腸癌を手術してですね、肺を取ってるんですよ。
片肺一個なんです。いつ死んでもおかしくないんです。人間というのは、死ぬ
とき死ぬんですから」と、『ハッタリ信彰』らしからぬ、随分弱気な発言をし
ていた。

また、「婦人部長ね.、ちょっと倒れちゃった。でも、お寺にお参りに行った
ら倒れたって言ったら駄目ですよ」と、婦人部長が寺に参詣して倒れたことを
白状した。日顕宗僧俗は、堕地獄必定だ!(コピー可)
 

新改革通信 第93号 

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年11月30日(日)23時50分55秒
  平成二十年十一月二十八日
"出家"の思い上がりを象徴した創価学会の"破門"
その傲慢さが宗門を破滅に追いやる

平成三年十一月七日、宗門は創価学会に対して、「解散勧告書」を送付し、
それに従わないからという理由で、同月二十八日、「破門通告書」なるものを
つきつけて来た。

簡単に言えば宗門は〃在家のくせに生意気だ〃という感情から、創価学会に
制裁を加えようとしたということだ。

当時の宗門は、〃信徒は権威で脅かせば、ひざまずく〃と思い上がっていた
のだ。

 そもそも、創価学会は独立した法人であり、それを宗門が破門することはでき
ない。

●〃血脈信仰〃という迷信はもう通用しない

しかし、彼らは〃血脈信仰〃という迷信が、まだ通用すると思い込んでいた。

 すなわち、宗門の言う「破門」とは〃学会に対して、血脈を絶つ〃という意味
だ。

分かりやすく言えば、水道局が一般家庭に対して供給する水を止めるという
ようなものだ。

 この馬鹿げた発想には、水(血脈)は自分たちの占有物だという思い上がりが
ある。

しかし、水(血脈)はすべての人に平等で、誰かの占有物ではない。その人
の信心で、どこにいても受けることができるのである。

大聖人が大御本尊を顕したのは何のためか。

大聖人は
「一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継がしめんとするに」(御書
全集 一三三七頁)
と仰せである。

すなわち、御本尊により、万人に直接「仏になる血脈」を受けさせるためで
ある。それこそが、大聖人の出世の本懐であったはずだ。

その真実に目覚めている創価学会員には、〃迷信〃は通用せず、宗門の思い
上がりは一笑に付されたのだ。

●迷信にすがる宗門はすでに〃死に体〃

創価学会は、一人一人の自立した御本尊根本の信仰の上に成り立っている。
だからこそ、どんな難を受けても乗り越えることができる。

しかし、宗門はそうではない。今の宗門は「血脈信仰」という〃迷信〃にす
がっているようなものだ。

 そして、その〃迷信〃に依存しているからこそ、僧侶たちの信心は堕落する。
〃宗門から離れれば、血脈はなくなる〃という脅しが通用し、自らの信心を深
める必要がないからだ。

戦時中もそうであった。宗門は「檀家制度」と「血脈信仰」という〃迷信〃
の上に、長年あぐらをかいていたために、信心を見失っていたのだ。だから、
国家権力を恐れて、神札を受けるという謗法を犯してしまった。

また、〃迷信〃を信じている信徒たちは、常に僧侶を批判することを恐れて
しまう。目の前にいる住職たちの堕落を見ても〃見ぬふり〃をしている。だか
ら、僧侶は思い上がり、いよいよ堕落する。悪循環である。

そういう意味では、すでに宗門の僧侶は信心を失い、「死に体」なのだ。

ただ、檀家制度と同じで、〃迷信〃が効力を発している間は、僧侶たちは〃
衣の権威〃で、信徒を支配できる。たとえば、「塔婆供養をしないと故人は成
仏しない」などと、信徒の弱みに付け込んで供養させることもできる。

だが、信徒が自立した信心に目覚めた時、それらの見せ掛けの手段はすべて
崩壊する。

●〃迷信〃を崩壊させた張本人は日顕

「血脈信仰」という〃迷信〃を崩壊させた張本人は他ならぬ、日顕である。

なぜなら、血脈を占有しているという日顕が、シアトル事件、芸者写真問題、
高級料亭での豪遊など、枚挙に暇がないほど、卑しい姿を自ら満天下に示した。

そんな堕落僧が「血脈は絶対」などと言っても誰も信用しない。
かえって、〃血脈とはまやかしにすぎない〃と信徒に思わせるだけだ。

それでもまだ「血脈信仰」に惑わされていた壇徒の目を覚ましたのが、「正
本堂破壊」という日顕の暴挙であった。特に海外では、壇徒がその事実を知っ
て、なだれをうって脱講した。

そして極めつけは、日顕の「大御本尊偽物」発言であった。宗門が「伝家の
宝刀」として利用していた大御本尊を、日顕自ら否定したのである。その時点
で、法主の権威も、そして血脈の威信も崩壊したも同じである。

●出家の慢心が宗門を潰す

 今、世界は百年に一度という大不況である。いよいよ日本でも、実体経済に
影響が出はじめ、リストラが始まった。新卒の内定までが取り消されたり、中
小企業の倒産という深刻な事態になっている。

そんな時に、日如らは、今まで以上に信徒から供養を集めようとしている。
その感覚が異常なのだ。

 彼らが供養を集めようとすればするほど、信徒は苦しみ、脱講していくだろ
う。しかし、宗門の僧侶たちは自分のことにしか興味がないから、そのことが
分からない。

衣を剥ぎ取られて、社会に放り出されれば、何も出来ない者たちが、信徒を
あごで使う。この「慢心」が、宗門を潰すことは間違いない。(編集部)
 

小作さんへ

 投稿者:常磨  投稿日:2008年11月30日(日)05時14分43秒
  小作さん
紳士的態度とはどのような事を言われているのでしょうか。
あげつらうことが名誉毀損にあたりはしないか、小作さんの言われることは解ります。
しかし先に書いたように、彼らの所業は生易しいものでは在りません。
一宗派の館長が在家のリーダに対し嫉妬をし、何千万人の方の
供養を募って建てた数百億の建造物を破壊し、
その一方で自身の贅沢で同じくらいの金額を湯水のように使っている。
また、館長を筆頭として末寺の坊主までもが、
月に何度もキャバクラに通ったり暴力事件を起こしたりなど、
他に数え上げれば枚挙に暇がないほどの体たらく!

小作さんがどのような方かは存じ上げません。
私は所詮、一在家の信仰者です。
しかし、宗祖の説いている信仰を盾に、信者には実践を強い
衣を隠れ蓑にし坊主たちがそのような事をしていることを、
小作さんははどのように受け取られるのでしょうか。

内部告発は紳士的ではないと、書き方がよくないとおっしゃるのでしょうか。
それについては私自身の問題ではなく、
直に観てそれを訴えてる方たちに言ってください。

ただもし小作さんが当事者であったとし真剣に考えられるならば、どうされますか?

閉塞的な彼らの社会の情報としてこのように表に明るみに出ることにより
彼らを糾弾する糸口になっていることが
それを発端として物事が正されていっている現実において有意義です。

最後に、小作さんがここのサイトをどのような理由で見つけ
どのような目的を内容を読まれているかは解りませんが、
ここのサイトは時に教義をもって論じ、時に現実を持って論じています。
表現として過激に見える表現もあるでしょうが、
実際それも教義から見て逸脱している事にたいして書かれています。
先の書き込みを読んで感じたのですが
小作さんが決して軽々しい気持ちで書き込まれていない、
良心的な方だと言う事を信じてやみません。
 

12月の予定

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年11月30日(日)00時28分22秒
  7日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
14日(日) 御講(末寺)
 

日顕宗坊主が断罪

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年11月30日(日)00時26分57秒
  創価学会の小林和之信越参事が、日顕宗の坊主・瀬戸義恭(本立寺=長野・松
本市)から暴行を受けたとして賠償金の支払いを求めていた裁判で、11月2
1日、長野地方裁判所松本支部(日比野幹裁判官)は瀬戸による不法行為を認
定し、損害賠償金の支払いを命じる判決を下した。

小林参事(当時、副会長)は昨年2月14日、創価学会に返還すべき御本尊を
不当に預かり所持していた本立寺に返還を求めて訪問。御本尊の返還を拒否し
た瀬戸は、小林参事が持っていた書類を力づくで奪おうとし、腕や襟元をつか
み負傷させた。

法廷で瀬戸は、自身の行為について不明瞭な供述に終始。判決は「身体の接触
に関わる自己の行動について事実経過を曖昧に供述しているとの評価を免れず、
採用できない」と瀬戸の言い分を一蹴。そして「原告(=小林参事)の身体に
対する有形力の行使は、交渉当事者の相手方が所持する文書の引き渡しを求め
る方法として社会通念上許される範囲を超え違法との評価を免れず、不法行為
を構成する」と瀬戸を厳しく断罪。小林参事の負傷、精神的苦痛に対する慰謝
料等として9万6440円の支払いを命じた。

日顕宗では、これまでも日顕が2度も最高裁で断罪されたのをはじめ、坊主の
不法行為が裁判で裁かれてきた。本年9月にも日顕宗の新聞が掲載した悪辣な
中傷記事をめぐり、日顕宗及び坊主の小川只道(大石寺執事)らが東京高裁か
ら断罪されたばかり。 またも日顕宗坊主の反社会体質が白日の下にさらされ
た。
 

「50万」の数合わせに躍起(やっき)の執行部

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年11月30日(日)00時21分14秒
  先ごろ、「立正安国論750年」の記念局から、明年の「50万総登山」の参
加人数について徹底がなされた。それによると、「明年の50万総登山には、
内得信仰を含む所属信徒全員が一人ももれなく参加すること」としたうえで、
「支部ごとの『団体登山』には所属信徒の80%が参加すること」「『団体登
山』に参加できない場合は『個人登山』に参加すること」「この『団体登山』
『個人登山』の参加人数には、初登山・春秋2大法要・7月の記念大法要・7
万5千大結集総会等の登山者は含めない」と釘(くぎ)を刺し、さらには、「
『団体登山』『個人登山』には何回参加してもよい」とも付け加えている。

無謀(むぼう)な「50万総登山」の数合わせに、日顕宗執行部はいよいよ躍起
になっている。背景には、この「50万」に疑問を抱く末寺・信者の「厭戦
(えんせん)気分」のまん延がある。

それもそのはず、金を使って何度も登山させられ、体力を消耗し、挙げ句にそ
の都度、供養をせびられるのだ。これを「地獄」と言わずして何と言おうか。
日如、日顕ら執行部の自己満足やメンツのために利用される信者は哀れそのも
のだ。
 

顕 正 会 短 信 

 投稿者:宿坊  投稿日:2008年11月28日(金)23時51分49秒
  2008.11.29

浅井の側近中の側近、加藤礼子総合女子部長と
大澤しほみ副総合女子部長の権力闘争勃発か?

 当紙9月15日号で、中井浩前第2男子部長の突然の交替を報じたが、その
後顕正新聞紙上で彼の名前を見かけることはない。彼はもう顕正会の第一線に
はおらず、このまま忘れ去られてしまうのであろう。盛者必衰とはこのことか。
過去消えていった大幹部経験者の後を追ったのだ。
 さて、その上を行く大激震が顕正会本部内部を襲っている模様だ。蛇門岩も
守ってくれなかったその激震は女子部の最高幹部の間で起こっていた。あるイ
ンターネット掲示板に「本部職員」というハンドルネームで書き込まれた一本
のネタであるが、背景を調べると「ガセネタ」として葬るには惜しいので当紙
で取り上げた次第である。
 顕正会女子部といえば、加藤礼子・総合女子部長兼第一女子部長兼理事が権
力を一手に握ってきたことは、「永遠の」「終身」という枕詞がつくほど、誰
もが周知の事実。その証拠に、第一女子部長は加藤以外が就任したことのない
役職なのだが、その権力構造に変化が生じていたのだ。
遡ること一年余り。昨年8月に副女子部長制が導入され、2名が任命されたの
だが、その一人である大澤しほみが、いまや加藤の足下を脅かすどころか、取
って代わろうとしているのだ。
 大澤は平成16年9月19日の名古屋会館入仏式に女子部29区支区長補
(総班長のひとつ上)として登壇していることが確認されているが、直後に4
9区長に昇格、更に翌17年11月には東海・北陸・関西の女子部を統括する
「第6女子部」の部長に昇格、前掲の如く副女子部長にまで昇進している。わ
ずか3年で極めてハイペースの昇格だ。極めつけは今年8月26日より、加藤
が担当していた新潟女子部の指導担当が大澤に替わったことである。この指導
担当の交替は加藤の高齢だけが理由なのか。下衆な勘繰りだが、浅井は大澤が
よほど「お気に入り」なのではないか。
 元ネタとなった掲示板の書き込みはこう指摘している。
 「大澤と加藤の対立で本部女子職員の間に派閥が生ず。イジメや嫌がらせが
横行。その草創期から加藤自ら手塩にかけて築きあげてきた新潟女子の組織が、
いま大澤にその指導権限が委譲されたことは何を物語ってるか。老齢の加藤を
捨て、若い艶肌を会長が選んだ。今後徐々に加藤の露出は減る。代わって大澤
がやがて女子全体の指導権限をもつに至るであろう。克衛についで礼子も姿を
消す。もはや顕正会の歴史を語れるものは無し。」
 そして浅井も姿を消して、顕正会は消滅するのだ。
 

(無題)

 投稿者:池田小作  投稿日:2008年11月28日(金)14時10分57秒
  誰も捏造とは申しておりません。
公私の議論はあるでしょうが、事実でも個人の現在の病状をあげつらったりすることは
名誉毀損に該当するのではありませんかと申し上げているだけです。

天下の師範たるべき大聖人の信仰をしていることを自負しているなら、
相手を責めるにしても、汚くののしるのではなく、紳士的な態度で臨まれるべきだと
思います。
 

公と私

 投稿者:常磨  投稿日:2008年11月27日(木)13時23分54秒
  小作さん

多くの信者を抱える宗教者が衣の権威をかざして大手を振るって歩いている時、
その人間がその職を利用して、信者の供養を湯水の如く使い(乱用)
問題・事件等をを起してる時点で、
彼らの起している事は「私」ではなく「公」ですよ〜!

この私は末端の一学会員ですが、そもそもここの管理は宗門の方ですし
内部告発がメインですからそれを捏造であるが如く考えるのどうかと思いますし。
そのような意味からもここが公の書き込み掲示板かと言う点で考えても
かなり私的で一部の方対象の掲示板であると言う事です。

まぁ小作さんが真剣にこれを我が事と捉えるなら、
ここで書き込みをするのではなくそれ相応の場所で行動を起こされるのが一番です!

まぁただのやっかみアンチさんでしょうからする気もないでしょうがね。
 

以上は、新着順401番目から500番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
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