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本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、アメリカ創価大学17期生の入学、誠におめでとうございま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月17日(木)08時01分49秒
  おはようございます。原田怪鳥様、あいも変わらず海外ネタが1面を飾る政教珍聞、しかも8日のハナシで1週間遅れ(笑)

そんなに1面を飾る国内ネタが無いんデスかぁ~? それとも海外特派員の方からの情報が遅いのか? 情けないデスねぇ~(笑)

2面は昨日に引き続きの墓園ネタ、各地で追善勤行会はされたのでしょうかぁ~? 報道が無いのでサッパリわかりましぇ~ん(爆)

責任役員会が行われ、諸案件について審議・了承したそうデスが、議事録は公開されるんデスかぁ~? それとも非公開デスかぁ~(笑)

選挙も終わって、次は財務デスかぁ~? トヨエモンの動画を利用して、掲示板非難デスかぁ~(爆)


爆笑創作座談会も、今回は共産党批判も日顕宗批判も無く、ブラジルの求道の友の様子には感動しマスねぇ~(笑)

でもねぇ~、原田怪鳥様、後半部分はいただけませんよぉ~(笑) 世界に広がる「政教珍聞」デスかぁ~(爆)

広告が3分の1を占める「珍聞」デスよぉ~(笑) 広告を世界に広げてるんデスかぁ~? っていうハナシでぇ~す(爆)

師匠を利用して、師匠の言葉を都合よくカット、改竄してる「珍聞」を世界に広げて、ナニしてるんデスかぁ~(笑)

風見鶏ハッシーが、えらそぉ~に、創価学会世界聖教会館の建設も着々と進んでいマス、などと宣っていマスが、

アナタのお金で、建設してるんじゃありませんよぉ~、会員の浄財を湯水のごとく使って、ホントに価値あるモノになってるんデスかぁ~(笑)

くれぐれも、今現在も聖教に保管されているであろう、2006年以降の師匠の映像・原稿・写真を後世に残すべく保管して頂いて、

都合の悪い部分を廃棄したり処分しないように、心から期待しないで待ってまぁ~す(爆)


 

谷川先生期待しています

 投稿者:非会員  投稿日:2017年 8月17日(木)05時07分19秒
  次期指導者、谷川先生期待に期待してます。

カリスマたっぷり、池田先生より
会員を引っ張る人物です。

ノーネクタイで気楽な服装がステキです。
 

赤胴鈴之助様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月17日(木)04時55分5秒
  個人的に声を掛けていただいたので、少しですがご返事します。
このドイツではクーデンホーフ=カレルギー伯爵のことは、まったく話題になりません。
欧州統合は結果的にはドイツの経済発展に貢献し、発言権もフランスと共に強くなった感じです。大戦の反省から、両国が手を組んでEUを引っ張っていくことは素晴らしいことです。
ずっと鈴之助さんと生涯公布さんとでイスラムの問題について投稿されていますよね。現在のヨーロッパでは、イギリスのEU離脱の件に関係しますが、イスラム系難民・移民が大問題です。例のIS(イスラム国)の出現でイスラム原理主義が台頭し、テロが多発するようになっています。
現在のイスラム文化はサウジアラビアを筆頭に、男尊女卑、残酷な刑法など、いわば中世の世界という印象を持ちます。ドイツでもイスラム系難民・移民による婦女暴行・名誉の殺害など頻繁に起きています。ヨーロッパにイスラム教徒を入れるのは、トロヤの木馬を引き入れることだと、私は思っています。つまり、内側から西洋文明を崩壊されてしまう、と。彼らはほとんど同化する気持ちはないと思います。それだけ身内の宗教・文化・習俗、したがってグループによる社会的圧力が強烈だからです。近代化路線を走っていたトルコさへ、現在はイスラム化の方向を目指しています。以前に比べ、トルコ女性も頭巾を被る若い人の間でも増えました。
だから私の住むハイデルベルクのような14万人たらずの小さな町でも、頭巾をかぶったり、黒装束の女性の姿が増えてきました。異様な雰囲気ですね。その傍ら、川の傍の芝生ではドイツ人がほとんど素っ裸で日光浴をしています。対照的です。
イギリス人はもうこれ以上嫌だという拒否反応を示して、ドイツのメルケル首相などの推進する欧州の難民・移民政策にノーを突き付けた訳です。私も彼女の政策はナイーブだと思っています。それと並行して、ドイツでもフランスでも右翼化の傾向が強くなっています。当然ですよね。
ヨーロッパのSGIの動向については、生涯公布さんの方が詳しいですね。
取り留めない話で申し訳ないです。
 

第三章対立から共生へ・・・豊饒の時代の到来 イスラム世界の指導者との対話を

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月17日(木)03時26分7秒
  第三章対立から共生へ・豊饒の時代の到来 イスラム世界の指導者との対話を P85投稿します。

ポイント

*、テヘラニアン
 会長がイスラム世界を訪問されることは、イスラム世界と非イスラム世界の融和にとって、

非常に大きな意味をもつことになるでしょう。

会長のような、偉大な功績があり、世界からの尊敬を集めている方が、イスラム世界の

リーダーと対話されることは、大変に重要な意義をもつものと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

池田先生は昭和40年代後半には、世界の識者の言葉を使って、指導や講演をされるようになったと記憶しています。

私は15歳の時から電気職人で生きて来たので、データを残そうと言う発想はありません。

雨の甲子園で体操部員、正本堂ご供養にはギリ間に合っている世代です。

先生は、トインビー博士、ミハイル・S・ゴルバチョフソ連書記長、王蒙氏、カラン・シン氏などなど、

多彩な知識人と対話されています。

最初の対談はリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵でEUの生みの親ですよね。

オーストリアの政治家で、汎ヨーロッパ主義を提唱し、それは後世 の欧州連合構想の先駆けとなり、

「EUの父」と呼ばれました。

ネットより・・・
ノーベル平和賞は、欧州統合という「ユートピア(理想郷)」を「現実」のものとするための長き道を

開拓した、クーデンホーフ=カレルギー伯爵をはじめとする先人たちの努力に対して贈られたもの、とも

いえそうだ。

日蓮2.0様もよくご存知ですよね、イギリスが離脱しましたが、SGIへの影響などどうでしょうか。

日蓮2.0様のカレルギー伯爵の評価はいかがなものでしょうか・・・、良かったらお聞かせください。

ここの板の人たちは、グローバルな人材がおられますので・・・。


創価学会の発迹顕本の兆しは、宗教法人への登録ではないかと思っています。

日蓮正宗からの離脱です、牧口先生、戸田先生が拒否された神札の事から、一緒に広宣流布の戦いは、

出来ないと思われていたのでしょう。

池田先生とカレルギー伯爵の対談が昭和47年、正本堂建立の年です。

先生は世界広宣流布を見据えて、発迹顕本の第一歩を踏み出されたのだと私は感じていました。

近くの地区座談会で、その時の先生とカレルギー伯爵との対談が、世界広布を目指しているのだと話を

したら、2度と呼ばれなくなったことを覚えています。

地区の人は、日蓮大聖人の話を聞きたいのであって、世界の智の巨人たちの話など聞く耳は、もっていま
せん。

現在も、ほとんどそのレベルから変革していないと思っています。

池田先生の苦悩の一端ではないでしょうか。

生涯&広布一筋兄弟さま、日蓮2.0様、虹の戦士さま、世界のSGIの活躍を知りたいのです。

以上、鈴之助

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
潮より引用します。

だれよりも真っ先に励ましたい人

アマリア・ミリオニコは物静かな人だった。「ダディーナ」という愛称で親しまれていた。

足が不自由で、一本の杖をたよりに歩いた。

座談会や個人指導の行く先々で、ゆっくりと歩く彼女の姿を、ローマの創価学会の草創期を支えてきた

人々は皆、覚えている。

〈私が信心を始めたころは、ローマで仏法の活動がようやくその緒に就いたばかりでした。

……イタリアはカトリックの国ですから、この仏法を持続することに苦労はありました〉
(アマリア・ミリオニコの手記)

イタリアSGI(創価学会インタナショナル)が、まだ小さな「イタリア支部」だったころ、アマリアは

初代婦人部長を務めた。英語、フランス語、そして日本語に堪能だった。

御書(日蓮の遺文集)をイタリア語に翻訳すること。

これをライフワークに定めた。

ヨーロッパのSGIで教学の雑誌を初めて刊行したのはイタリアである。

池田大作はアマリアを「ローマの羅什」と呼んだ。

鳩摩羅什「妙法蓮華経」の漢訳を残した天才翻訳家になぞらえ、「イタリアSGIの青年部が、近年、

空前の発展をしてきたのも、この方によるところが大きい」と語った(『池田大作全集』第六一巻)。
 

21世紀への選択 イスラム世界の指導者との対話を P85

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月17日(木)03時14分47秒
  第三章対立から共生へ  豊饒の時代の到来

イスラム世界の指導者との対話を P85

テヘラニアン
 かつて私は、イランのイマム・サデク大学でも、博士号を取得しようとする学生たちの

授業を受けもっていました。将来、イランの未来を担いゆく青年たちです。

これは私の念願ですが、ぜひ池田SGI会長にイランを訪問していただき、若い人たち

に会長のお話を聞かせていただきたい。

そのことが、青年たちの考え方を幅広いものにし、未来にとってプラスになることでしょう。

池田
 ご厚情に感謝します。お言葉を重く受け止めます。

テヘラニアン
 会長がイスラム世界を訪問されることは、イスラム世界と非イスラム世界の融和にとって、

非常に大きな意味をもつことになるでしょう。

会長のような、偉大な功績があり、世界からの尊敬を集めている方が、イスラム世界の

リーダーと対話されることは、大変に重要な意義をもつものと思います。

イランでは最近、民主化の動きが徐々に進んでいます。

ハタミ大統領が訪米し、国連総会で演説するという画期的な動きもありました(一九九八年九月)。

池田
 二十一世紀への大きな流れを実感させる動きであり、私も注目しています。
 

コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」探究技法 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)03時01分19秒
  コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」探究技法

「非二元」「悟り」の関心は、「アウトサイダー」「至高体験」を読んでからです。

当時も今でもそうですが、精神医学領域では「憑依現象」「テレパシー」等の神秘体験により精神を病む患者

さん方がいます。精神医学・臨床心理学では、そうした病む人を「宗教病理」として関心を持ち見るのが一般

的でした。

「現象により主体が反応し、体感している事、主体は現象である事」「主体の体感世界は生物学的に同じであ

ること」など当時の教授から指導を受けたのを思い出します。

「非二元」「悟り」現象も生物学的体感現象であるということです。この見方のきっかけはコリン・ウィルソ

ンだったのです。

NHK(1993.4.12、PM8:00-8:45/1993.4.13、PM8:00-8:45)45分+45分=90分 (24年前)

1-コリン・ウィルソン・立花隆・未知への対話(1)- アウトサイダーを超えて-

至高体験/コリン・ウィルソンの処女評論「アウトサイダー」/意識の拡大体験の可能性を考察/人生に対す

る倦怠と憎しみ/社会の不適合者/ピーク体験の恍惚感/宇宙には意味がある/現代における救済/政治の哲

学化/悲観的哲学を楽観的方向へ/世界の認識を変える事が大切

2-コリン・ウィルソン・立花隆・未知への対話(2)-超常現象の彼方に-

超常現象論/全ての動物の超常能力/人間は抑圧されていった/超常現象は覚醒した意識の中で起きる/ポル

ターガイスト現象を体験/超常能力は人間の潜在的能力/分割脳の生理学/右脳に関係がある/人間は進化の

転換点にいる/全ての超常能力を持つ新しい人間が出現

1-コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」2009/12/07 に公開04/19932009/12/07

に公開04/1993

https://www.youtube.com/watch?v=wCzHeKmozko&list=PLE8FoiOTuihqiJtrNLtj5SRj4-bs4WB2w

2-コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」 2009/12/07 に公開04/1993

https://www.youtube.com/watch?v=wCzHeKmozko&t=303s
 

アウトサイダー(outsider)インサイダー(insider).⇒個人と集団⇒信仰と教団

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時59分29秒
  アウトサイダー(outsider)インサイダー(insider).⇒個人と集団⇒信仰と教団

「アウトサイダー」集団・組織の外部の人。部外者。⇔ インサイダー。2 社会常識の枠にはまらない独自

の思想の持ち主。⇔

「インサイダー」は「内側の人や物」を表し、「内部の事情に通じている人」という意味で使われています。

そうして情報を得て取引することを「インサイダー取引」と言います。

コリン・イィルソンは著書「アウトサイダー」で人間行動を俯瞰的に「あまりに深く、あまりに多くを見とお

す」と述べ、その解明を試みています。

ちなみに立花隆氏の取材方法・著作の方法に影響を与えた人物でもあります。⇒「探究」の方法

人間行動の見方として個人と(アウトサイダー)と集団(インサイダー)として見る事を提示しているので

す。

主眼は「アウトサイダー」に置かれていますが、その実は「インサイダー」のあり方を批判しているのです。

アウトサイダーにとっては、現実の社会における人々の尊厳も、哲学も、宗教も、すべてが、野蛮で、無統制

で、不合理なものに艶だしを塗って、なんとか文明的、合理的なものに見せかけようとする欺瞞の試みにしか

見えない。

「(自分には)才能もなく、達成すべき使命もなく、これと言って伝えるべき感情もない。わたしは何も所有

せず、何者にも値しない。が、それでもなお、なんらかの償いをわたしは欲する。」アウトサイダーとは、世

人や文明規範の価値を受け入れることができず、それらを蔑視し、世界も自己も無意味なのだとみなすと同時

に、それでもなお何か代わりとなる究極の真理、あるいは体験、あるいは目的を欲している者と位置づけ、多

彩な人々や作品を引用しています。

サルトル、カミュ、ヘミングウェイ、ヘッセ、T・E・ロレンス、ゴッホ、ニジンスキー、カフカ、T・S・

エリオット、ニーチェ、ドストエフスキー、ブレイク、キルケゴール、ラーマクリシュナ、グルジェフ、T・

E・ヒューム、バーナード・ショー、等々。これらの中から「アウトサイダー」という共通項を浮かび上がら

せ、考察していくその手腕は非常に鮮やかです。

この本は「アウトサイダー」という観点からの読書案内の本でもあります。


また、

「至高体験 自己実現のための心理学」では、

マズローの「第三の心理学」を軸に、フロイトの精神分析、アドラーの個人心理学、ビンスワンガーやRDレイ

ンの実存分析、果てはトランスパーソナル心理学などなど心理学の歴史をひと通り通観できる上、ブレンター

ノやフッサールの現象学、ウィリアム・ジェイムズのプラグマティズムとマズローの親和性、さらにはマズ

ローの心理学が現代の経営理論に与えた影響(XY理論)など話題は多岐に渡り、その広いパースペクティブは

面白いです。

「アウトサイダー」福田恆存・中村保男訳 紀伊國屋書店 1957改訳版 中村保男訳、集英社文庫、1988/中

公文庫(上下) 2012

「至高体験 自己実現のための心理学」 由良君美・四方田剛己(四方田犬彦)河出文庫 1998 1979.

超越意識の探求―自己実現のための意識獲得法 単行本 ? 2007/11学習研究社 (2007/11)

コリン ウィルソン (著), Colin Wilson (原著), 松田 和也 (翻訳)

 

「臨死体験」について 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時56分2秒
  「臨死体験」について

「されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」のブログで「臨死体験」についてお伝えしました。また立

花隆氏の「思索ドキュメント」、「人は死なない 東大救命医独自の死生観」で紹介した矢作直樹氏、脳神経

外科の世界的権威であるエベン・アレグザンダー氏・ジルボルト・テーラー氏等の動画を紹介しました。


臨死患者さん方の「語るストーリーには類似性」があることが理解できたのではと思います。

臨死患者さん方の語る事は「体験談」です。自身にもたらされた「体感現象」を語っているのです。つまり

「体験」なのです。「体感」した世界は語れないのです。言葉に変換された体験を語っているのです。その内

容について、私たちは動画を見て、内容を理解しようとしています。「体感」ではないのです。既に「思考・

概念」に変換されているからです。

このような現象が地球上で起きている「相対的現象・現実」の世界なのです。「体感」するのは「思考・概

念」ではなく、自分自身の事なのです。「思考・概念」だと難しさを感じてしまうのです。「体感」する次元

と「思考・概念」の次元とは異なるように感じてしまうからです。


「非二元」「悟り」現象も同様な事なのです。「体感」を語るから「物語」「ストーリー」に変換されてしま

うのです。

では、どうすれば、いいのでしょうか、

自分自身で体感する事により了解するのです。エネルギー還元すればいいのです。

このエネルギー還元の方法がわからないのです。古今東西の宗教では、難行苦行と権威づけ、儀式化、という

「思考・概念」の「思い込み」「信じ込み」「上書き」になっているのです。この循環が2500年以上続い

ているのです。

古今東西の教団教義は「思考・概念」であり、その「思考・概念」の強化のために学習会・講習会をやってい

るのです。学習強化という条件付けの世界であり「非二元」「悟り」現象は生じないのです。「神は沈黙した

まま」なのです。「神との対話」「仏との対話」は生じないのです。

エネルギー還元の方法を考えて下さい。「思考・概念」の循環、探究が続くだけですから、そのことは

2500年の歴史的事実が物語っています。「思考・概念」の人には十分に「時間」があります。自分自身で

選択している現象があるだけです。
 

「体感」と「体験」の違いについて 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時53分54秒
  「体感」と「体験」の違いについて

「体感」とは、今ここで起きている身体感覚の反応をいいます。

「体験」とは、「体感」が起きた後に、言葉に変換した自分自身の受け止め方を言います。

「アッ、痛い」と言うのは、既に痛みが走った後の瞬間的な言葉です。体感です

「非二元」「悟り」の現象は「体感現象」です。

「私は、転んでひざを打ち、痛かった」と言うのは、体感したことを体験として伝えているのです。

「体感」している時は、只、反応だけです。反応を言葉にした瞬間に、思考・概念により体験となるのです。


「非二元」「悟り」の現象は「体感」であり、その「体感」を語ると「エネルギー変換」により「体験」とな

るのです。ブッダ・イエス等の教祖の方々は「体感」した事を「語る」ことにより「体験」となっているので

す。その「語り」を弟子と称する方々が「思考・概念」で聞いているのです。その「聞いた事」が記録され、

仏典・聖書として残されているのです。

体感と体験は、エネルギー変換の現象を表しているのです。ちなみに奇跡・蘇りは体感現象です。


私たちの日常は、「話し手の語る」体験の相互反応なのです。また「文章」にも「書き手」と「読み手」の体

感・体験の相互反応があるのです。相互のエネルギー変換が現象として起きているのです。

例えば、遠藤周作の「沈黙」は遠藤周作が体感した事を文章に置き換え「物語」が書かれています。

その翻訳本をマーティン・スコセッシ監督は本と出会ってから28年の月日を経て念願の映画化を果たしたので

す。28年間の構想を練るという思索があり、映像化がもたらされたのです。

遠藤氏の体感した世界に迫る取り組みが、新たな「物語」「ストーリー」をもたらせたのです。

「体感」されたことが「体験」として残され、それを読み「体感」し「体験」として「映像化」する。という

一連の流れは、エネルギーの変換・還元の循環現象なのです。「読み手」次第で「書き手」の「体感」は写

し、再現が可能なのです。この現象を理科的に言うならば「転写」と言います。ミラーニューロンによる現象

化があるのです。また映画のキャスト俳優たちは演じる事により「模倣現象」により内面が熟成され、あらた

な境地を開眼しているのです。ちなみに「沈黙」に携わったスタッフは750人以上とのことです。

「体感」と「体験」による相互作用が「感動現象」として人々に伝わる、共振・共鳴なのです。

このような「映画製作」を俯瞰すると「神」「仏」の働き作用が、制作スタッフであることが見えてきます。

「大いなる気づき」への促しとなっているからです。

私たちの芸術文化だけではなく「生命現象」としての「神」「仏」の働き作用が、日常的にもたらされている

事に「気づき」ます。

 

「書き写された文章」を読む

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時52分11秒
  「書き写された文章」を読む

DVD・動画・書籍等をいろいろお伝えしてきていますが、いつもの事ですが、「読み手」「鑑

賞者」の志向性により「受け取り方」が異なっているという現象があります。千差万別です。

「千差万別」という現象は、読み手・鑑賞者の都合で、文字情報のエネルギー変換・還元が起き

ているのです。

聖書・経典等は「物語」「ストーリー」として編纂され残されてきている文字情報です。使用す

る言語による翻訳というエネルギー変換もあります。また「読み手」の地域・文化等の志向性も

それぞれ違っています。

「書き手」「編集者」の文字情報もエネルギー変換されています。

「書き写された文章」を読む・映像を鑑賞するという事は、エネルギー変換・還元された現象で

在るという事なのです。その違いを「誤読」「誤認」と言うのです。

「私」「自分自身」とは「現象体」です。「現象体」には「思考・概念」による意図的な下地が

あるのです。この現象を理科的に言うならば「個人抵抗」と言います。「誤読」「誤認」は個人

内部の「抵抗」があるからなのです。

「抵抗値」を下げると「誤読」「誤認」は解除されます。

電流は電流として流れます。そこに抵抗があると阻害されます。「非二元」「悟り」の体感・体

験は抵抗値が除去されダイレクトに情報を得る事ができる現象なのです。

古今東西の覚者は、この抵抗値を下げるためにいろいろな「探究」を試みてきたのです。いわゆ

る難行苦行等です。自己究明・探究は、そうした内部にある抵抗からの解放でもあったのです。

「物語」「ストーリー」には、登場人物のそれぞれの抵抗によるぶつかり合いが展開されている

のです。相対的な現象があるから「面白い」のです。

今、投稿の文章を書いている事は文字情報です。「読み手」の方々が「どのように理解し読む

か」は「読み手」の方々の内部反応なのです。「書き手」と「読み手」の「縁起」「二者」「自

他」関係により「物語」「ストーリー」は現象として相互にもたらされているのです。「読み

手」「鑑賞者」が、何を、どう「気づくのか」により「物語」「ストーリー」が進展しているの

です。

アニメファンならば、ある程度はしっている

レクリエイターズ(Re:CREATORS)サクラダリセット(SAGRADA RESET)があります。「物語」

「ストーリー」としては面白いです。ネット検索すればヒットします。

 

インパールマインドの谷川革命 (笑笑

 投稿者:珍説 谷川革命(笑笑  投稿日:2017年 8月17日(木)02時03分39秒
  ツイッターより

弁護士 太田啓子 @katepanda2
もはや「インパールマインド」という言葉でこの社会の色々な事象の説明がつくような気さえしてくる。一体なにがどうしてこのインパールマインドがなくならないのだろう。。。

インパール谷川革命、終わってますって (笑笑
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)23時50分18秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
原田会長、副会長、幹部の方々が、会員さんをイジメたり
見下したり、あくどい商売を早くやめます様に
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月16日(水)22時56分49秒
  よろしくお願い致します。
池田先生、奥様のご健康。
皆様の健康、勝利、活躍。
学会の中からイジメが無くなるように。
お題目を唱えます。
 

若死にするのは善人だけ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)22時07分58秒
  >『下が何でも思い通りに動かないと面白くない』<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73145

これがことの本質ですね。他化自在天の本音。提婆について行った結果です。

>インパール作戦で死んだのは兵士ばかり。将校や下士官はあまり死んでいないという証言もあった。この作戦の死者の6割は餓死や病死、作戦中止後の撤退中の犠牲者だ。中止後、豪雨の中食糧もなく、半年経っても撤退は完了しなかったらしい。牟田口等、軍上層部の者達は、この作戦の最も悲惨な時期を体験していない。しかも、もともと戦争を、将棋でも指すような感覚で捉えていて、日本兵を5000人も殺せばインパールは取れる、というような、言い方をしていた。人間をただの道具として捉えている。そういう者達が戦争を始め、仕切るのだ。学会員の1割は退転してもよい、などとほざいていた学会執行部と同じ発想だ。他化自在天の発想だ。ネトウヨや安部自公政権支持の人達は、こういう指揮官の下で命を懸けて戦いたいのだろうか。他化自在天というのは、他人の命を自由自在に扱う事を、喜びとする生命のことだ。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73143

『NHKスペシャル 戦慄の記録 インパール』再放送
総合 2017年8月26日(土)午前0時50分~2時03分(25日深夜)
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170815

このインパール作戦と学会の組織運営・打ち出しは同じ方程式と思うがどうか???
池田先生は方程式を示されています。その方程式に数値を代入して答えを出すのは我々です。自分です。一人ひとりです。誰も自分の人生を肩代わりしてはくれない。
全ては第八識に宿業として刻まれる。因から縁を引き寄せて果・報に至る。
悔いのない人生を! 悔いのない三世を!

『若死にするのは善人だけ』ビリー・ジョエル
https://www.youtube.com/watch?v=I27-wC9--bs
 

池田先生のスピーチに学ぶ【平和の心、優しさの文化、大田元沖縄知事の言葉を紹介】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月16日(水)22時03分12秒
  池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑦


■沖縄の平和の心、優しさの文化

先日、沖縄訪問の折、大田昌秀知事と懇談する機会があった。そのときの模様を含めて、本部幹部会(二月十一日)でも少々お話しした。きょうも氏の「平和への思い」について、重複する部分があるかもしれないが紹介しておきたい。

氏は、大正十四年(一九二五年)六月、沖縄生まれである。六十五歳になられる。

十九歳の時(昭型二十年三月)、沖縄師範学校在学中に、鉄血勤皇隊の一員として、沖縄戦に動員された。敗戦後、捕虜として、収容所生活も経験しておられる。

氏の行動の原点は、若き日に刻んだ戦争への怒り、また敗戦後、二十七年間におよんだアメリカ軍の統治に対する憤慨にある、と言われている。

知事に就任されて二ヶ月余の氏であるが、″平和こそ最大の福祉″を一つのモットーとされている。そして、沖縄の革新県政が掲げてきた反安保・反基地とともに、自然開発への規制、高齢者の医療費無料化、情報公開条例の制定など、環境・福祉問題を前面に出されている。

琉球大学教授を経て、アメリカのハワイ大学やアリゾナ州立大学の教授をも務められた氏は、日本平和学会会員でもあり、沖縄を代表する平和学者としてよく知られている。知事就任に対しては″学者に何ができる″との非難もあったが、″公正・公平な目を培ってきたからこそ、県民本位の政治ができる″と切り返しておられる。大田県政への県民の方々の期待は大きい。

今回の湾岸戦争でも氏は、勃発が報じられてからわずか一時間後には、即時停戦の緊急談話を発表しておられる。
「過去の朝鮮戦争、ベトナム戦争で沖縄は出撃・補給基地として使われた。戦争の開始で県民生活に深刻な影響が出ることを恐れる。即時停戦を切実に希望する」と。

いかなる理由があれ、戦争は民衆を苦しめる。そのことを、みずから体験してこられた氏ならではの対応の速さであった。

ここで大田氏の″平和の言葉″を紹介しておきたい。

「沖縄の文化は、『やさしさの文化』だといわれ、俗に沖縄の心は、『平和を賞でる心ばえ』だともいわれる」

「わたしは、折にふれ『沖縄の心』は『反戦平和』『人権回復』『自治確立』という考え方が柱になっていることを、くりかえし指摘してきた」

「沖縄では他人の苦しみにたいして、それを分かち合うニュアンスをもつ『肝苦〔ちむぐりさ〕』(胸がいたい)という表現をつかう。

沖縄には『他人に殺(くる)さってん寝(ね)んだりしが、他人殺(ちゆくる)ちえ寝(ね)んだらん』
(他人にいためつけられても寝ることはできるが、他人を痛めつけては寝ることはできない)という言伝えがある」
(大田昌秀『沖縄のこころ』岩波新書)

また「私はガンジーを尊敬している。実は、ガンジーの等身大の写真を持っている。私の宝としている」と言われている――。

大田氏は、先日もご紹介したとおり、学会の平和運動にも深い賛同とご理解を寄せてくださっている。「聖教文化講演会」の講師を務めてくださったほか、昭和六十三年(一九八八年)の一年間、「聖教新聞」の文化欄に十二回にわたり連載されている。さらに、氏は、青年部が取り組んできた平和講座を担当。反核展でも応援してくださっている。

「女たちの大平洋戦争展」では、ご自身が所持されている貴重な写真資料も提供してくださった。また、婦人部の反戦出版『いくさやならんどう――』(戦争はいやだ、してはならない)にも助言され、巻末に解説「戦後の沖縄と女性の生き方」を寄せてくださっている。

まことに、ありがたいかぎりである。大田氏のみならず、SGIの平和運動への期待の声は多く寄せられている。私どもは、これからも仏法の平和主義にもとづいて、アジアヘ、世界へと、平和と文化の運動を積極的に進めていきたい。それが、多くの人たちの期待に応える道であると信ずる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)①
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72076

海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)②
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池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)③
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池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)④
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池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑤
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池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑥
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73097
 

票田のトラクター

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)20時59分29秒
  違法ビラってこれでしたっけ?
 

(無題)

 投稿者:天然水  投稿日:2017年 8月16日(水)20時00分49秒
  上着を着ない勤行なんて。。。
そんな世間の常識を求める方が無理ですw

告示や公示が始まってから
投票日間近の選挙の時や、閉め切り間近の新聞啓蒙の
時なんか数字あげるのに躍起になりすぎて常識外れの行動が
多々みられます。シタジモの幹部がこれだもの
学会の常識、世間の非常識って言われてる所以です。
  
 

寛容・道徳

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 8月16日(水)19時25分45秒
編集済
  昨日、無事、日本へ到着しました。

赤胴鈴之助様、ご心配下さり。誠にありがとうございました。

さて、鈴之助様投稿のテヘラニアン博士紹介でイスラム教徒へのスペイン国内における寛容が

紹介されていましたが。

随分昔、先生の指導、もしくは提言だったかもしれません、

一般的に自国内、自国民にはモラル・道徳を重んじる事ができるが・・

これが、一歩余所の国、人種が違うと

そのモラル、道徳、寛容が失われてしまう・・と

その言葉通り、植民地であったフイリッピンでは酷いことを・・・

イスラム教徒である現地人には強制的にローマカソリックに改宗を迫った・・

また、スペインは南米の古代文明民族の99%の民衆をも殲滅、略奪。

人ほど素晴らしいものはなく、人ほど野蛮なものはない
 

猛暑でも無い首都圏で上着脱いで読経唱題 (笑笑

 投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑  投稿日:2017年 8月16日(水)19時07分35秒
  昨年は8・15でやってましたっけ?
皆さまが違和感を感じた通り、冷房バンバン効いた快適極楽な広間で、わざわざ上着脱いで勤行する創価の大幹部および青年部代表メンバー  (笑

どこの世界にこんな礼儀知らずの団体が有るのか?
これが谷川革命ですゥ!
谷川先生は、どこへ?ゆかことバカンスですか?
女子部は別として奥さん・子供さんがいる男子青年部の方たちをかき集めるのは非常識です。集まるのは、全国に散らばっている二百人近い副会長を全員集めて読経・唱題会を12時間以上やるべきでは!

当然、上着着てね。バカ丸出しです!!
 

思い出されます

 投稿者:なるほど  投稿日:2017年 8月16日(水)19時02分17秒
  ヤマトモや月刊ペン事件の裁判記録を持ち出しただけで、先生を迫害したヤツラの情報を持ち出すとはケシカラン!と悩乱していたクジラとかのバカどもよ、今こそ反板を諌めなされ。まぁ、ためにする宿坊批判だろうから、そんなことしないだろうけどね。特にクジラのバカは。  

re;あまりにヒドい、アンポンタンの反板の無節操を笑う w w w

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 8月16日(水)18時14分41秒
編集済
  カンピースさ~ん
情報ありがとさん w w w
もう自暴自棄なのか w
アンポンタンぶりをよく示してるよね~ w w  w
反板ってネット対策の工作員板だよね~ w
職員も関与してるってハナシだけどww

学会員を攻撃し脱会工作したり
日寛本尊を偽本尊扱いし
御本尊燃やしたりするT田のネタ使うなんて
もう反板って
終わったも同然だよね~ w w w


>アンポンタンの反板の「記録係」なるお方が、コメントの他、ある動画を張り付けていらっしゃる。

「保田妙本寺は退転者の巣窟」みたいなタイトルであるが、この動画は、誰が作成したかというと、

あの有名な「中野対決」で、ケチョンケチョンに論破され、「勉強してきマスッ!」と捨て台詞を吐いて帰った、〇田クンである。<

>この記録係って人は、コトの重大さを分かっているのだろうか?<

>一応、反板とはいっても、おそらく学会員であろうし、おそらく学会を守る? 立場である方のハズだろう。<

>それが、反学会の急先鋒ともいえる〇田氏の投稿動画を臆面もなく貼り付け、宿坊の掲示板の論客諸兄を非難している。<

>宿坊の掲示板憎しのためならば、反学会の者とも手を組みますよ、といったコトであろうか?<

>「敵の敵は味方」といった考えか? なんとも節操のない、都合のよろしいコトである(大・大爆)<
 

創価学会も?

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)17時06分31秒
  不寛容と排斥
不寛容な排斥主義の危険性を警告!
下記のBBCの動画をご覧ください ↓

http://www.bbc.com/japanese/video-40932533

 

宿板の皆様m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 8月16日(水)16時35分48秒
  栃木の久保田です。m(._.)mヽ(^○^)ノ

こちらの掲示板の論客の皆様は先ず信心が重厚でほんとに素晴らしい頭脳や経験、教学力も素晴らしいし、福運も素晴らしい方達ばかりで本来は私など投稿しないで読んで勉強に徹するべき者なのですが、学会二世で少年部の時から色んな学会の方達と絡み合いながら私の今日が有り、男子部に成り立ての頃から敵味方がはっきりしていたと言いますかσ(^_^;)?私の事が嫌いな人は中々仲良くする隙がなかったような感じで、基本的には私を嫌う人は『親分子分』体質だったり『威張る人』『権力や役職に執着心』の強い人達でした。皆様の役に立つかは分かりませんがヽ(^○^)ノ何度も経験したことを書かせていただきます。


今の幹部の人達は前述した権威の人が多いのでそういう人の対処法だけは多分人並み以上に場数を踏んでいると思い、必殺技を伝授(誰でも知っている)したいと思います。ちなみに毎回同じことが起こります。


【1】先ず初めに仕掛けて来るのは(^o^)嫌みを言ってくる。

《嫌みをいう人は相手が嫌がったり怒ったりするのを見て至福のひとときを味わっている》

なので(^o^)v満面の笑みで聞き流しているとつまらなそうに(^o^)v嫌みを言わなくなる。ヽ(^○^)ノ

【2】嫌みが通用しないと解ると脅してくる(^o^)v

《恫喝するやつも居れば弱味を突いて来るやつもいる》

《この段階も笑って誤魔化してるとしなくなる》

【3】次の段階に入ると懐柔策です。

《脅しが通用しないとなると相手も少し焦ってきて柔らかくなだめてくる》

《この段階では相手はソフトに来るので騙された振りをして従うポーズを取る》

《でも相手がこちらに言うこと利かせたい所であっかんべーをする》

【4】レベル4に入りますと具体的に迫害が興ってきます。デマを流されたり職場や親戚、兄弟の所などデマを流し外堀を潰しにかかるヽ(^○^)ノその人の人脈を潰す。
《栃木の幹部は家庭訪問に来るときもこちらの粗探しの為にしか家には来ませんでしたね》

《中にはそうではない方もおられましたが、だいたい権威幹部の依頼を受けて様子見に来ている》


【5】この先は『ラスボス』が来るのでしょうが私の場合、栃木と関東のボス達を男子部から壮年に成り立てのあたりでみんなやっつけてしまったので、改めて遭遇したこと無いです。

〇現在のように正役職の就いている人達が上ばかり向いて『下が何でも思い通りに動かないと面白くない』

様な人達ばかりだと┐('~`;)┌

こちらもつまらないことでつつかれないように自分の行動を律して行くのでダブルラッキーですよ  ヽ(^○^)

この先に何が来るのか知っている方は御教授下さい
m(._.)mヽ(^○^)ノ

原田会長┐('~`;)┌栃木の田舎でもイエスマンで上の言うことが先生のご指導と違う指導をする幹部がいるぞ!

お前会長なんだから何とかしろ(*`Д´)ノ!!!

 

赤胴鈴之助様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月16日(水)14時25分6秒
編集済
  無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。  投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)10時26分33秒

無冠さんも鈴之助さんも、皆さん本当に思いやりのある心優しい人たちですね。
感動しました。感謝します。
 

Nスペ 戦慄の記録 インパール

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 8月16日(水)12時35分49秒
  昨日のNHKスペシャルも、素晴らしい力作だった。この3日間でNHKは相当名誉挽回した。これなら受信料を払う価値がある。 ただし政治部は別だが。

ネトウヨ、安部政権支持者、創価学会員は絶対観るべき作品だ。たぶん再放送されるだろう。
大本営を頂点とする意思決定が、どの様に行われていたかが、手に取るようにわかる。そしてそのやり方が、現在の安倍自公政権のやり方と、そっくりそのままなのだ。

理性的、科学的思考を重ねた上での作戦遂行では無い。敗戦続きの戦局好転を望む、神頼み的な大本営の意向と、それにおもねった牟田口中将の功名心、それを支える陸士同期生等、お友だちの人情。

そんなものの為に、3万人が命を失った。池田先生のお兄さんも、その中の一人だ。
そもそもこの作戦、兵站の事など最初から考えていない。現地調達や、敵からぶん取る事を前提にしていて、その無謀さに反対する人を弱腰と決めつけ、解任した。創価学会執行部と同じだ。  余談だが、神風特攻の時も同じ事があった。反対する者は切るのだ。

戦局の悪化に伴い、作戦変更を求める3つの師団の師団長達に対し、全員更迭という前代未聞の事まで、牟田口司令官はやった。そして自ら陣頭指揮を行い、総突撃を繰り返させて、無駄に死者を増やした。

結局、当初3週間の予定だった作戦が、やっと中止されたのは4ヵ月後。
ボロボロになった軍隊を残し、自分はシャアシャアと帰国。77歳まで生き延びた。

インパール作戦で死んだのは兵士ばかり。将校や下士官はあまり死んでいないという証言もあった。

この作戦の死者の6割は餓死や病死、作戦中止後の撤退中の犠牲者だ。中止後、豪雨の中食糧もなく、半年経っても撤退は完了しなかったらしい。

牟田口等、軍上層部の者達は、この作戦の最も悲惨な時期を体験していない。
しかも、もともと戦争を、将棋でも指すような感覚で捉えていて、日本兵を5000人も殺せばインパールは取れる、というような、言い方をしていた。人間をただの道具として捉えている。そういう者達が戦争を始め、仕切るのだ。
学会員の1割は退転してもよい、などとほざいていた学会執行部と同じ発想だ。他化自在天の発想だ。

ネトウヨや安部自公政権支持の人達は、こういう指揮官の下で命を懸けて戦いたいのだろうか。他化自在天というのは、他人の命を自由自在に扱う事を、喜びとする生命のことだ。
もしそうであるなら、安倍自公政権を支持するのは自由だが、徴兵されれば最初は二等兵、という事を忘れない方がいい。

撤退中食糧が無いため、同じ日本兵を殺し、その肉を食べたり、売ったり、物々交換したりしていたそうだ。
歩き疲れ倒れたが最後、豹やハゲ鷹に食われてしまう光景に、何度も出くわしたという証言もあった。

戦後生き残った牟田口や大本営の上層部、誰一人責任を取らず自らを正当化。
都合のいい理屈を述べたてて、それを国会図書館に保管。

この様にして歴史は捻じ曲げられ、伝えられて行くのだろう。

しかし最近、海外で新証拠が次々に発見されている。国内の証拠は隠せても海外の証拠は隠せない。
悪事は、いつか必ず暴かれる。
 

(無題)

 投稿者:末端信者  投稿日:2017年 8月16日(水)10時59分31秒
  有難うございました。

良く、読みやすくなりました。

     感謝
 

法要は上着着用?

 投稿者:コンペー  投稿日:2017年 8月16日(水)10時59分15秒
  今、気がついた?
今日の聖教一面の戦没者法要の写真。いくらクールビスとはいえ、壇上男性陣は上着着用のほうが良いのでは…きっと。笑
 

無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)10時26分33秒
  無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。

タブレットでも読めると思います。

日蓮仏法2.0 様  ?投稿者:無冠 ?投稿日:2017年 8月15日(火)11時00分0秒

いつも勉強させていただいております。老婆心ながら投稿します。

>>一、指摘のあった戸田先生における「凡夫本仏論」の所在はどのような文章に見られますか?

⇒たぶん下記講演も対象でしょう。



昭和22年10月19日 創価学会第二回総会午前 東京教育会館 [1947年]

(戸田城聖先生講演集上)【三世の因果】

 閻魔(えんま)のそばに行って、『お前は、生きている間に、こんな悪いことをしたろう』と言われ

ると、亡者(もうじゃ)は『私は何もそんな悪いことを致しません』と言う。

閻魔王(えんまおう)は、『それ、そこにある浄玻璃(じょうはり)の鏡を見よ』と言う。

そうすると、浄玻璃(じょうはり)の鏡に、前世の悪事の姿がそのまま写り出して嘘が言えないという

ことですが、これは地獄のさまを説明した釈迦の低い教えで、今申しますならたとえ話にすぎないので
ございます。

 釈迦が何のためにこんな教えを説いたのでしょうか。

また、事実、浄玻璃(じょうはり)の鏡はないものでありましょうか。

 この娑婆世界においては、私どものこの身、その境遇が浄玻璃の鏡なのでございます。

過去世に私どものなした業(ごう)がこの現世にわれわれの身心に業報(ごうほう)として感ずるので

ございます。

人はみな性欲(しょうよく)が不同で種々さまざまのことをやっておりますから、この世の人は同一の

境涯に生まれるということができないのであります。

同じ親に同じように育てられた兄弟でも同一な生涯がないのはこの理由であります。

現世(げんせ)、過去世(かこせ)、未来世(みらいせ)ということを、信ずることのできぬものが

充満していることは、嘆(なげかわ)しいことでありますが、これが生命の実相であり仏教の根本で

ございます。

 これを十不善行の業報に照らしてみますならば、この世で多病である、また短命である人は

『殺(さつ)』の報いでありまして、この身を浄玻璃の鏡として、過去世の殺(さつ)を写し出して

いるのであります。

貧窮(びんぐ)で失財(しつざい)の人は盗みの報いであり、眷属(けんぞく)不良で婦(ふ)が、

貞実(ていじつ)でないという人は、邪淫(じゃいん)の報い、身に誹謗(ひぼう)を受け人に

誑惑(おうわく)されるのは妄語(もうご)の報い、親類に離れ親友にも捨てられるのは

両舌(りょうぜつ)の報い、悪声を聞き訴訟を起こすのは悪口の報い、人に信じられないで言語が

明らかでないのは綺語(きご)の報い、多欲で足ることを知らずに金がほしい、物がほしいというのは

貧(どん)の報い、人のためにすきをうかがわれ、あるいは殺されたりするのは瞋(いか)りの報い、

邪見(じゃけん)の家に生まれて心諂曲(てんごく)なのは愚痴(ぐち)の報いであります。

 また、日蓮大聖人様のおことば(佐渡御書960ページ)によりますれば

 『我れ人を軽しめば還(かえ)って、我が身、人に軽易(きょうい)せられん、形状端厳(ぎょうじ
ょうたんごん)をそしれば、醜陋(しゅうる)の報いを得、人の衣服(えぶく)飲食(おんじき)を、

うばえば必ず餓鬼(がき)となる、持戒尊貴(じかいそんき)を笑えば、貧賤(ひんせん)の家に生ず

、正法の家をそしれば、邪見(じゃけん)の家に生ず、善戒(ぜんかい)を笑えば、国土(こくど)の
民となり王難に遇(あ)う』と。

これ般泥洹経(はつないおんきょう)にありとは、大聖人様のお教えでありますが、この業報(ごうほ
う)に、わが身を照らして、過去世をみ、ここに運命の打開を、心がくべきであります。

 されば、自分は丈夫であるとしても、自分の身内に弱いものがいて、多病の業報を感ずるならば、

親子ともどもに殺の報いとせねばならない。

このように考えることは、生命は永久であり、永遠の存在であり、この常住の生命が娑婆世界に生死

、生死と存在することを大前提とせぬかぎり、信ずることのできないことである。

 日蓮大聖人様は、このような因果の理法は

『是れは常の因果の定まれる法なり』(佐渡御書960ページ)

と仰せになって当然のこととせられております。

しかし、破仏法、破国の邪法のみ、盛んな今日、この理法を信ずることすら、日本民族には困難な実状

にあります。

しかし、釈迦の仏法哲学からこの考え、この思惟(しい)を抜き取ったら、何物も存在しなくなるので
あります。

我(われ)ら、この仏法を信ずる者は、この因果の理法を信じなくてはならないのであります。

低いこの因果の理法すら信じられないで久遠(くおん)の生命をどうして信じえられましょう。

また地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)の自覚はどうして生まれてまいりましょう。

 さりながら、この低い仏法の因果の説法だけをもって、仏法とするならば、運命は定まれるものと、
なして、ただ人生を悪いことをしないようにと、消極的生活におちてしまう。

前に述べました因果は、尽未来際(じんみらいさい)にわたって、一生に一つづつを現じて永劫の生活

に現れるのでありまして、いつの日にかこれを清めて、すっぱりした生活に雄々(おお)しく偉大な

希望をもって生きられましょう。

 これが解決のため、釈迦の説かれた経文は法華経でありまして、法華経こそ人生の最高の生活理念で

ありこの自然存在の因果の理法をたたき破って本因本果の妙理を現したもので、経文中の最高唯一のも

のであります。

しかし、これとて、単なる理念にすぎないのでありまして、仏のみがこの因果をたたき破って神通の

力を現じたものにすぎません。

 末法の我らと縁のないもので、我々凡夫(ぼんぷ)自身が、近因近果の理法をたたき破って自然

(じねん)の仏身を開覚(かいかく)する法が、ただいまでは必要でありますが、この必要に応じられ

て実際生活に過去世からの運命をたたき破り、よき運命への展開の法をたてられたのは日蓮大聖人様

でいらせられる。

すなわち、設計図によって飛行機を作ったと同じように、釈迦の法華経にこたえて、実際生活のなかに

過去の因果を凡夫自身が破って、久遠の昔に立ち返る法を、確立せられたのは日蓮大聖人様でいらせられる。

 すなわち帰依(きえ)して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法で

あります。

この方法によって途中の因果がみな消え去って、久遠の凡夫が出現するのであります。

『久遠(くおん)とは・はたらかさず・つくろわず・もとの儘(まま)と云う義なり』(御義口伝759ページ)

 とおおせの通り、久遠の仏とは、えらい難しいことばに聞こえますが、久遠は『もとのままの、なに
もりっぱでもない、なんの作用もない』ということで、仏とは命でありますから、『もとのままの命』
と悟りますときに、途中の因果がいっさい消えさりまして因果倶時(いんがぐじ)の蓮華仏(れんげぶ
つ)が生出(しょうしゅつ)するのであります。

『善(よき)に付け悪(あしき)につけ法華経をすつるは地獄の業(ごう)なるべし』
(開目抄232ページ)

と大聖人様は御おおせである。

たとい久遠劫(くおんごう)以来、邪宗にひかされ、かもしだした謗法(ほうぼう)の大罪、およびつ
れて生じた因果の罪に、いかにせめられましょうとも、久遠(くおん)の昔の清浄にかえる、唯一の道
である大御本尊様を捨てまいらせるということは、地獄の業(ごう)であります。

久遠劫(くおんごう)いらい、種々の悪事の中でも謗法の罪は最も重く、これがために、十不善行や

般泥洹経(はつないおんきょう)の八種の大難を強く感ずるのでありますから、ことに強盛(ごうじょ
う)に、信仰するときには、来世に永劫(えいごう)の時間を費やして、一つづつ消してゆく、この大
難をこの世の一生のうちに、軽く受けて、生命を清浄にしなくてはなりません。

そのためには、過去世の業を次々と感ずるのでありますから、いかなる難がありましょうとも、決して

、決して、信仰の道に悩んではなりません。一切が御本尊様の御おおせと、喜び勇んで難におもむかな
くてはなりません。

御本尊様の功徳については、御年43歳の御時、御本尊様ご出現の前に、その功徳の一部を、釈迦の功徳

によせて法華経よりこれをさぐって御おおせには、

1.世間の楽・涅槃の楽を得、
2.貧窮(びんぐ)の衆生に福力を与える、
3.病の衆生に良薬を与える、
4.智なき衆生を智者となす、
5.短命の者を長命となす、
6.悪心の者を善心となすと。

 御本尊様をいただくかぎり、途中の因果を感ずるときは、この難は久遠を開覚(かいかく)する途中

ぞと心えて、いま申した六つの功徳力を堅く信じて、絶えまなきご信心を祈るしだいであります。

上記、戸田2代会長の講演を池田先生が引用紹介して、「久遠の凡夫」についてご指導されたのが、

平成3年6月13日ドイツ・ボン市・宿舎での「ドイツの友の記念の夕べ」

(妙法は「希望」生む根源の力)

池田名誉会長スピーチ集「今日より明日へ 93」掲載です。


> 二、ある方の情報で、『大白蓮華』8月号に1994年のドイツ最高会議での池田先生のスピーチの・・・
⇒おそらく、創価のルネサンス 72(「仏法」とは「人生の法」第3回ドイツ最高会議)です。
 

あまりにヒドい、アンポンタンの反板の無節操を笑う

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月16日(水)10時03分26秒
  アンポンタンの反板の「記録係」なるお方が、コメントの他、ある動画を張り付けていらっしゃる。

「保田妙本寺は退転者の巣窟」みたいなタイトルであるが、この動画は、誰が作成したかというと、

あの有名な「中野対決」で、ケチョンケチョンに論破され、「勉強してきマスッ!」と捨て台詞を吐いて帰った、〇田クンである。

この記録係って人は、コトの重大さを分かっているのだろうか?

一応、反板とはいっても、おそらく学会員であろうし、おそらく学会を守る? 立場である方のハズだろう。

それが、反学会の急先鋒ともいえる〇田氏の投稿動画を臆面もなく貼り付け、宿坊の掲示板の論客諸兄を非難している。

宿坊の掲示板憎しのためならば、反学会の者とも手を組みますよ、といったコトであろうか?

「敵の敵は味方」といった考えか? なんとも節操のない、都合のよろしいコトである(大・大爆)


 

千の風になって

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)09時16分57秒
編集済
  『千の風になって』がヒットして以来、世間では墓が売れなくなったそうです。
そりゃそうでしょう。高い金を払って買ったのに「♪そこに私はいません」「♪眠ってなんかいません」というのですから。なら、そんなものは要らないでしょうね。
むしろこの詩は仏法的です。矢作さんのビデオにもありましたが、死後も生命は「ここにある」のですから。

学会もこんなに墓地・霊園を積極的に売ることは以前はありませんでした。昔は差別されて墓に入れてもらえない学会員がいて、そのために墓地を作ったと聞きました。

時さんの仰る通り、外界からの情報がかつてのオウムのように遮断されて内に籠り、さらに「御書を心肝に染め」ることをしなくなったために、余計なものが混ざり、慈覚たちのせいで、すっかり池田先生の創価学会とは別の宗教に変わってしまいました。
御書には「混ぜるな危険」と書かれているにもかかわらず。
法華経は良薬といっても、処方箋を読んで正しく服用しなければなりません。
今の学会員は糖尿病の薬をコーラで飲んでいるみたいです。頭が痛い。

「依法不依人」が絶対条件ですよね。「境智冥合」しなければ意味がないので。そのための「師弟不二」です。

それをしなくなって諸天善神が「この国を捨て去って」、立正安国が崩れて来ているのでは? ♪あああ、東京は、今日も、雨だった? 40年ぶり? ミサイルも降って来る? 都議選、大勝利ちゃうかったっけ~? 何? 蘇我氏が勝った?

あああ、諸天善神の歌声が聞こえるようです。
♪そこに私はいません
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、世界平和祈念戦没者法要への御参加、誠にご苦労様で~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月16日(水)09時15分58秒
編集済
  おはようございます。ホントに久々に原田怪鳥様の御姿を拝謁できて、ありがたぁ~い御指導も賜わって、ありがとうございま~す(笑)

でもねぇ~、原田怪鳥様、全国で、諸精霊追善勤行会なんて銘打ってるなら、2面には墓園の様子じゃなくて

勤行会の様子を記事にした方がイイんじゃないデスかぁ~? それとも、墓参りして、カネをおとせよぉ~ってトコロですかぁ~(爆)


>原田怪鳥は「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(御書P998)を拝読し、1対1の対話で善の連帯を拡大する中で平和の基盤は構築されると強調。<
(政教珍聞1面より抜粋)

原田怪鳥様、ありがたぁ~い御指導、誠にご苦労様で~す(笑)

でもねぇ~、原田怪鳥様、引用されたこの御書(治病大小権実違目)の前段に、ナニが書かれているか御存知デスかぁ~(笑)

仏法が渡来して、物部氏と蘇我氏の争いがあり、蘇我氏が勝ったため、「災難忽ちに止みお了んぬ」(御書P998)とあり、

「其の後の代代三災・七難等は大体は仏法の内の乱れより起こるなり」(御書P998)と結論されてるんデスよぉ~(笑)


イイですかぁ~、原田怪鳥様、仏法が乱れるコトで、世間が乱れる、これが大前提デスよぉ~(笑)

原田怪鳥様、内を乱してませんかぁ~(笑)過去に類を見ない程の、査問・処分・除名(笑)

教義変更・会則改変・御観念文を変え、その後の説明は全くありませんよぉ~(笑)

都合良く、又、紛らわしく、紛然と競い起こしてませんかぁ~(笑)

ナゼか? 関東広範囲で8月の日照日が激減、雨だらけなのはナゼでしょうかぁ~(笑)

昨日の15日も大雨でしたねぇ~(笑)

「アメ〇顕」ならぬ「アメ怪鳥様」の本領発揮デスねぇ~(笑)


まあ、くれぐれも、引用された御書を心肝に刻んでいただき、「内の乱れより起こる」コトの無いように、期待しないで待ってまぁ~す(爆)


 

二十一世紀への対話 129

 投稿者:まなこ  投稿日:2017年 8月16日(水)08時32分42秒
  【池田】 現在の世界をみると、穏当な警察力をもってしては、善と正義を守るのにとても間に合わないでしょう。この点、現実が、いかに理想から程遠いものであるかと痛感せざるをえません。私は、世界警察軍が現在も必要であり、将来にわたって必要とされることについては、もちろん同感です。しかし、それはそれとして、軍備という面のみを取り上げれば、これを極度に規制することが必要です。現実問題として、せめて核兵器だけでも廃棄するよう、真剣な努力が払われるべきだと思います。
第二次世界大戦で日本の広島、長崎に投下された原爆は、恐ろしい爪跡を残していますが、現在ではさらに、それとは比較にならないほど強力な破壊力をもつ水爆が開発されています。その運搬も、航空機だけでなく、大陸間弾道弾によってなされ、さらに海面下の潜水艦から発射されることも可能になりました。こうして、現在の世界は、ボタン一つで、一瞬のうちに破滅してしまうかもしれない状況にあるわけです。
このような時代に生きているわれわれは、何よりもまず、いかなる国にも核兵器の製造、保有、使用を許さないという、強い決意をもつべきだと信じます。さもなければ、人類は絶滅してしまうでしょう。あるいはまた、次の世代の人々に、恐るべき厄介な遺産を残すことになってしまいます。文明と社会がいかに高度に発達したとしても、大量の核兵器が配備されている現状が続くかぎり、人間は決してその高度の発達を誇ることはできないと思います。
核兵器の破壊力がいかに恐るべきものであるか、放射能がいかに根強く生命をむしばんでいくかは、広島、長崎の被爆者の体験が明白に示しています。われわれは、この偽りのない実態を世界中の人々に認識してほしいと思います。

【トインビー】 たしかに、世界政府の創設を待つまでもなく、現存する各地方主権政府に対しては、その国民が強く働きかけて、少なくとも五つの地方政府がすでに保有している核兵器をすべて廃棄させ、今後も二度と核武装をしないよう保障させるべきです。私はまた、未来の世界政府は、自ら核兵器の保有を拒否すべきであり、この自ら課した拒否権を、世界政府憲法の基本条項の一つとすべきことを強調しておきたいのです。
核兵器の性質そのものからいっても、またその使用法の性格からいっても、交戦国の相互絶滅という気違いじみた目的以外には、核兵器を戦争に使用することは不可能です。しかも、この兵器に本来備わる無差別的殺戮性からみて、警察業務にはとくに使用できません。たとえば、南部アフリカの白人、北アイルランドの新教徒、イスラエルのアラブ領土占領軍などを、核兵器で鎮圧することはできないでしょう。もちろん、核兵器によって彼らを全滅させることはできるでしょうが、しかし、それは多くの場合、はるかに多数の被圧迫民をも同時に全滅させてしまうでしょう。この場合、行動の目的がこれら被圧迫民の解放にあるのですから、核兵器の使用によってこの目的を達成しようとすれば、そのどんな試みも、すべて自滅を招く幻想でしかなくなってしまいます。
地方の既成特権階級の鎮圧にあたる警察軍が武装を必要とするかぎり、その装備はいわゆる通常兵器に限るべきであり、それも、殺人兵器を用いて法の施行を妨げようとする暴徒を、最小限の殺傷数で鎮圧できる型の兵器でなければなりません。法の施行にあたる警察軍は、できうるかぎり、非致死性の兵器を使用すべきです。たとえば、打撲傷は負わせても裂傷には至らないゴム弾とか、一時的な活動不能に陥らせるだけで永続的な有毒作用をもたないガスとか、あるいは衣類や皮膚に付着するとしばらく消えない、有色塗料などを使うべきでしょう。有色塗料を散布すれば、これによって暴徒が識別でき、暴徒としては逮捕・有罪判定から容易に逃れられなくなるわけです。
今日まで科学技術は、戦争行為をより殺傷的なもの、より破壊的なものにするための武器の考案・使用に、応用されてきました。われわれは今後も、科学技術を組織化された物理的な力の利用にあてていかなければなりませんが、その目的は正反対のものへ転向させるべきです。われわれは、世界政府の警察軍と、世界政府を忠実に支援する地方警察軍とが、合法的な公的機関の命令を実施するにあたって、暴力的な反抗者への加害を――そして、とりわけ罪のない通行人とか、家畜、作物、貴重な物的財産などへの被害を――最小限に食い止められるような武器を考案しなければなりません。

【池田】 死と破壊のための武器でなく、死も破壊ももたらさず、しかも相手の攻撃力を奪ってしまうような武器を開発すべきだという博士の御発言は、非常に示唆に富んでいます。もしそこに目標を向ければ、科学者の英知は、必ずそうした条件を満たしうる武器を開発できるはずだと思います。しかし、科学者もそうですが、私は、何よりも政治家が、ここに大きな発想の転換をしてほしいと思います。
 

お盆の時期にあたって創価墓苑の実質を考える

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)08時19分21秒
編集済
  私達も民衆の一人ならば、民衆の声に真摯に耳を傾けなければいけないのではないか。
いろいろな情報も出所が赤旗だからだとか、先生を批判している文章が混ざっているとかの
理由で、読まない、信じない、としているうちに現地の民衆や自然環境の犠牲をよそ目に、
学会は巨大な金亡者モンスターと化してしまった。
もちろん、この様な情報も裏を取らなければいけないであろうが、昨今の人権無視の学会なら、
以前からそういう体質であったであろうことは、想像にかたくない。

どんなに美辞麗句で装って、墓苑の意義を語ろうと、この様な民衆の犠牲の上になりたっている
のだとしたら、その真実の意図は推して知るべしである。
ある方の投稿で語られていた墓地運営のずさんさは、その因果として当然の結果であろう。
もともとそこには純粋な心は住んでいないのである。
乾いた、ビジネスの世界が、もっともらしい仮面をつけているだけに過ぎない。

そもそも、永遠の生命を説く仏法で、何でそんなに墓にこだわるか。
教学もない今の学会員は、世間以下の精神世界しかもってないといわれても仕方ないであろう。
いつになったら、自分達の心が、あきめくらになっていることに気づくのであろうか。

民意無視の墓地造成
http://sudati.iinaa.net/boti.html

巨大な利益を生む学会の墓園
http://www.toride.org/boen.html


 

わが友に贈る 2017年8月16日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 8月16日(水)07時03分5秒
  子どもの可能性は無限!
「できることからやる」
「できたことを称える」
小さな変化を見逃さず
やる気を引き出そう!
 

お詫び・訂正その五十三

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2017年 8月16日(水)06時42分57秒
  レ・ミゼラブル023補足 ?
投稿者:The logic in the place
投稿日:2015年 6月 9日(火)00時46分6秒

引用「吾人の住む社会は暗澹たるものである。成功することこそ、まさに潰れんとする腐敗より一滴また一滴としたたる教えである。」

『創価の社会は暗澹たるものである。組織で偉くなり成功することこそ、まさに、まさに潰れんとする腐敗より一滴また一滴としたたる教えである、』と憂慮します。

引用「成功とは嫌悪すべきことである。真の価値と誤られ易いその類似は人を惑わす。群衆に対しては、成功はほとんど優越と同じ面影を有する。才能の類似者たる成功は一つの妄信者を持つ。すなわち歴史である。ただユヴェナリスとタキツスのみがそれに不平をとなえた。今日においては、ほとんど公の哲学が成功の家に住み込み、その奴僕の服をつけ、その控え室の仕事をしている。成功せよ、というが学説である。栄達は能力を仮定する。投機に富を得ればその人はすなわち巧妙な人物となる。勝利者は尊敬せらるる。幸運に生まれよ、そこにすべてがある。幸運を得よ、さらば汝は悉くを得ん。幸福なれ、さらば汝は偉大なりと信ぜられん。時代の精彩たる五、六の偉大なる例外を除けば、同時代の賞賛は近視にすぎない。メッキは純金となる。」

『創価の組織における成功とは弓T川の論(性交)ではないにしても、嫌悪すべきことである。地位の高い幹部になればなるほど先生に近づくという妄想は悪である。仏の周りに魔が集うから、仏が光輝くのであって、仏のそばには仏は居ない。つまり、真の価値と誤られ易いその類似は会員を惑わす。幹部になるとほとんど優越と同じ面影(仏)を有する。教義変更・会憲制定は一つの妄信者をもつ。すなわち創価の新しい歴史。ただ宿板のみがそれに不平を唱えた。今日においては、聖教珍聞も潮も第三文明も公明党も成功の家(大誓堂)に住み込み、その奴僕の服をつけ、その控え室(別館・金城会館・公明会館・他)の仕事(盗み読み・諜報活動・内弁慶会議)をしている。成功せよ(TSI・HHTA)性交、というが学説である。~メッキは純金になる。』と言う感じでしょうかね。まさにゲス野郎!

ーーーーーーーーーーーーーー
この補足023は、以下の会則

????????
第14章 賞罰
(懲 戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。
????????

に主観的に大変該当します。

極善会員が多く集うところが暗澹たるだ?成功(性行・性交含む)が腐敗だと?トンデモナイ!そんなことを揶揄する者があ、反逆者!裏切者!極悪!大極悪人です。

私が極悪人です。誠に(×8)お詫び致します。
二度(×6)と欠点を挙げつらうことは致しません。極善弟子になるために、二度(×6)とこのような投稿は致しません。だから許して下さいね。何度も丁寧に謝ってますよ。ちゃんと記録して下さいよ。

仏の周りは、仏さまだらけ!魔では有りません、有難~い仏さまです。大極善弟子の選りすぐりの面々で、朝から晩まで尾行、盗聴、イヤガラセ、そしてこの掲示板を毎日、コピーして投稿者割り出し作業をされていらっしゃいます。そして片耳で報告事項を聞いて、「よし、査問・除名開始!手下の極善弟子を使って組織にデタラメ話を吹聴せよ!」と指示してニヤニヤ笑って過ごす快適な世界ですよ。
素晴らしい!尊敬に値する極善弟子の鏡です。きっと五百尽点劫の彼方には仏になっていることでしょう。ましてや、題目三唱するだけで因果倶時で瞬間に仏になっているかも?いやはや、有り難い事です。

何度(×8)も、お詫び・訂正・謝罪・改心を、極善会員の皆様のように『裏』ではやらずに、この宿坊の掲示板で『公』に謝罪しますね。これが一般社会通念です。

会則における全権統理する会長が『黒は白だ、偉いんです!』と次々に認定発言されれば、我々末端の会員は、それに付き従い『その通り、黒は白です!』と次々に口裏合わせするのが当たり前です。
それが極善弟子になり、改心した証ともなり、処分も解雇もクリアーできる営為です。

極善弟子、極善会員に間違いなど無い!間違いを糾す者が間違ってる!と言うことを私は繰り返して、頭悪いんで、また繰り返すかもしれません。この繰り返しが極善会員への改心活動です。

その都度、何度も訂正して、『間違いが間違っているから、間違いなんだ?いや、会長が認定している!池田先生も認定しているはずだ!だから、これで良いのだ!』と三段論法的に謝罪・訂正・お詫びをば今後共にしていきたいと存じます。ちゃんと監視している大極善弟子の極善会員の皆さまは記録して下さいよ。

今更、改心しても手遅れですが、頭悪いんでこれからもどしどし誠実にして真面目な極善会員になれるよう、改心した極善会員の証を投稿したいと存じます。
もっと早く大極善会員さま方(特に高位の本部職員)のように用意周到に、情報源を叩き潰してコッソリ改心していれば良かったと草葉の陰で反省しています。

処分の撤回は二度と無く、今生では査問やら対話も全く有りませんが、今後も謝罪・訂正をば続けていきますよ。今世限りですがね。

お元気ですよ、ありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーー
PS.本を読まない者を論破することは出来ない。と言うよりも学ばない者を論破することは出来ない→議論が全く噛み合わないからですよ。ホツケや檀徒と対話していて分かりました、御書を精読していない彼等と対話していても切り文やら御尊師が言っているからと話になりませんでした。信行学が欠落した者との対話は無意味です。

 

ちょっとした話

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 8月16日(水)05時24分37秒
編集済
  ある配信者曰く「本を読まないやつを論破する事はできない」って
言ってました。なるほど・・と思った次第。
 

21世紀への選択 画一化は死、多様性こそ文化の生命力 P81  投稿します。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)02時26分41秒
  21世紀への選択  画一化は死、多様性こそ文化の生命力  P81  投稿します。

ポイント
*、テヘラニアン
 しかし一四九二年に、ムスリムがスペインから追い出されるやいなや、ユダヤ教徒も追い

出され、以後、キリスト教の異端者に対する暗黒の宗教裁判が続きました。

*、池田
 多様性の否定について、テオドール・アドルノも「純粋な同一性は死であるという哲学命題

の正しさをアウシュヴィッツは証明している」と述べています。

生命とは多様性の別名です。画一化は死です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

池田先生のSGも、多様性こそ文化の生命力の仏法であることを説いています。

しかし、近頃の任用試験を始め各種試験では、画一化が進んでいます。

多様で個性的な教え方をする、講師によるブロック単位の勉強会は、少なくなっていることを

感じます。

これほど大きな組織となった、SGをコントロールするには、多様性は反逆者のよりどころとなる

ぐらいに考えているであろうと思っています。

STBという、機器を配って思想統制を図っていることが分かりますよね。

御書講義を会館のプロジェクターで教学部講師が教えるようになって、人間性や多様性がなくなり

感動や面白さがなったと言う事が聞きます。

教える側も勉強する必要がなくなり、ビール飲んでテレビで野球を観戦する方が楽で楽しいと言う、

極楽百年の修行になっています。

しかしそれは、池田先生の教えから大きく外れていることは次のの言葉からわかります。

【生命とは多様性の別名です。画一化は死です】

以上 鈴之助
 

21世紀への選択 画一化は死、多様性こそ文化の生命力 P81

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)02時22分11秒
  画一化は死、多様性こそ文化の生命力  P81

テヘラニアン
 しかし一四九二年に、ムスリムがスペインから追い出されるやいなや、ユダヤ教徒も追い

出され、以後、キリスト教の異端者に対する暗黒の宗教裁判が続きました。

こうした歴史に基づく教訓の意味は明らかです。すなわち、多様であることが文化の

生命力の淵源であり、画一化は文化を沈滞させるのです。

池田
 多様性の否定について、テオドール・アドルノも「純粋な同一性は死であるという哲学命題

の正しさをアウシュヴィッツは証明している」
(木田元訳『否定弁証法』、作品社)と述べています。

 生命とは多様性の別名です。画一化は死です。多様な文化を尊重し、ともに共存の道

を模索することが、文化の画一化が進行する現在、最も求められていることではないでしょうか。

人間と人間が語り合うこと、これがすべての始まりです。

人間と人間が心を開き合い、知り合い、友情を深め合えば、そこからいくらでも相互の違いや

多様性に対する理解が生まれるのです。

テヘラニアン
 同感です。そして、この対談こそが、そうした努力を促進するものとなることを願ってやみま

せん。
 

無冠様の投稿された文章を編集します。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)00時29分41秒
  末端信者さま、SaySaySayさま 無冠様の投稿された文章を編集します。

無冠様、改行、編集文字を一箇所校正しました。よろしくお願いいたします。

SaySaySayさま、改行仕方は、Enterで・・・別途上げたいと思います。

・・・・・・・・・・以上 鈴之助

 無冠様の投稿です。

第3回ドイツ最高会議 平成6年5月24日 ドイツフランクフルト近郊

 ◆◆ 「仏法」とは「人生の法」 ◆◆

日蓮仏法2.0様 ?投稿者:無冠 ?投稿日:2017年 8月15日(火)18時02分8秒

?
日蓮仏法2.0様

今日はお盆休みでたっぷり時間ありましたので以下投稿します。
信濃町の人々様、準備されていたのですね。ありがとうございました。

第3回ドイツ最高会議 平成6年5月24日 ドイツフランクフルト近郊

 ◆◆ 「仏法」とは「人生の法」 ◆◆

 ドイツ総合文化センターの決定おめでとう。(大拍手)いよいよドイツがヨーロッパをリードしていく
時代が来た。
 仲良く、どこまでも仲良く発展していっていただきたい。「仲良く」できる人が立派な人である。

 特に、リーダーは、皆に好かれることが根本要件である。

 組織には、さまざまな人がいるが、皆を大きく包容し、尽くしていくことによって、自分自身の境涯が
拡大するのである。拡大した、その心に「仏界」は脈動している。

「偉大な功徳を皆に受けさせたい」。そう願う一念が大切である。「皆が幸せになってほしい」── 私
には、その思い以外に何もない。

☆ きょうは少し難しい面もあるかもしれないが、「哲学の国ドイツ」であるゆえに、仏法哲学の観点か

ら、少々、スピーチを残しておきたい。ドイツは西洋で最も早く仏教研究を始めた先駆の歴史もある。

 ◆ ネル―首相

  「仏が人間でなく神になったとき」インド仏教は滅亡

☆ 偉大なる仏教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。

 ネルー首相は、仏教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。

 アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、思索の結論を氏に語った。

 マルロー氏とは私も二度、対談したが、仏教に深い関心を寄せておられた。ヨーロッパに将来、

仏教を基盤とする文明が生まれる可能性を否定できないとも語っておられた。

 ネルー首相の考察は次のようであった。

 「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。

人類の生んだもっとも深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(そくいん=慈愛)

の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」「しかし仏陀の神格化が

行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」

(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

☆ 釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。

 日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を「諌暁」なされている。

神にすがるのではなく、『妙なる法』を持つ「人間」として、神を動かされたのである。

 ◆ 人間が『いかに生きるか』を示す

☆ 本来、仏教は『人間の生き方』を説いたものであった。

 釈尊は「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。

そこには師弟の道があった。

 しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。

 今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、

あがめているようである。

 「仏」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、『その生き方に続く』存在ではなくなった。
 師弟の道も見えなくなった。

 仏教が『人間の生き方』でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった ──これがネルー

首相の結論であった。
 今、宗門にも、『人間の生き方』としての仏教は、まったくない。彼らは、大聖人の仏法を、「人間は

このように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。

 自分たちの堕落を正当化するための手段にした。仏法の滅亡の姿である。

 ◆ 「仏とは人間」「人間こそ仏」

☆ そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、『仏教を人間化する』戦いであられたと拝される

。人間の実生活から遊離していた仏教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。

 「仏とは、人間(凡夫)である」「人間(凡夫)こそ、仏である」
 こう叫ばれた。

 当時、日本でも、阿弥陀仏とか、大日如来とか、「仏」を遠い、超越的なものとして説く仏教が流行

していた。

また法華経での仏も、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。

それらを大聖人は逆転された。

 「日蓮本仏論」の思想的な意義も、ひとつには『仏教の人間化』にあったと拝される。

 諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」(御書1358頁)

 ──凡夫は本体としての三身であり、本仏である。仏は、(本体の)働きとしての三身であり、迹仏

である──と仰せである。

 くわしくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「名字究竟」も、

「等覚一転名字妙覚」も、「凡夫即極」も、『仏教の人間化』という観点から見るとき、その深義に、

より迫れるかもしれない。

 妙法を信じ、行じる「人間」こそが、「仏」だということである。妙法の「信心」にこそ「仏界」は

あるということである。

 ◆ 「私はこう生きた」との奇跡を社会に

大聖人の原点へ

☆ それでは、どのような「人間」が「仏」なのか。どういう生き方が「仏」としての生き方なのか。

 日蓮大聖人が教えられたのは、「社会のなかで三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。

 妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。

 そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。その道に続いているのがSGIである。、皆さま

である。

皆さまこそ「仏」と輝く方々なのである。

☆ 創価学会は、大聖人の御精神どおり、仏法を『生活のなかで』、『人間の生き方』として実践して

きた。

 大聖人が仏教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の仏法の信心の原点に返ったのである。

「人間」に帰ったのである。

 あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信心は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」

こそが、大聖人の仏法なのである。

 ◆ リーダーこそ誰よりも求道心を

☆ 組織においても、リーダーが、自分自身の『人間としての生き方』を常に問いかけ、向上していこう

、成長していこうという息吹があるかどうかである。

 その求道心がリーダーにあれば、全体が躍動していく。

自分が成長せずして、人を動かそうとすると、無理が生じ、そこから抑えつけたり、いばったりする

幹部が出てくる。

 ◆ 科学者アインシュタインも、魂の人ガンジーも求めた究極の法

   科学と宗教を結ぶ法の探求

☆ マルロー氏に、ネルー首相は、こうも言った。

 「ガンジーの言った意味は、ほぼ、『神は個の人間にあらず、神は法なり』ということです。

ガンジーはまた、不変の法とも言っています」
(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

 敬うべき対象は、人間とかけはなれた神ではなく、「不変の法」である、と。

マルロー氏の答えは、鋭かった。

 「してみると、やはりそれはアインシュタインの断言したこととおなじですね。

『もっとも驚嘆すべきことは、この世界が明らかにある意味を持っているということである』と

アインシュタインは言っている」

(前掲書、アンドレ・マルロー著)

 この世界、この宇宙は、でたらめの無秩序なものではなく、厳然たる法則にのっとっていると

アインシュタインは考えたのである。

ガンジーとアインシュタインを結ぶもの。宗教と科学を結ぶもの──それは「法」であると考えられる。

 トインビー博士も常々、「宇宙の背後にある究極の精神的実在」について論じられたが、私と対談した

折、その『究極の実在』とは、人格神でなく、「法」であると思うと結論された。

 その「究極の法」に生きているのが、私どもである。人類文明の最先端にいることを自覚していただきたい。

 「神」は人間から超絶しているが、「法」は人間も含めた万物に普遍的なものである。正しき「法」

にのっとって生きれば、平等にだれもが「仏」になり、「幸福」になる。妙法に生きる人が「仏」に

ならないはずがない。

「絶対の幸福」を築けないはずがないのである。

 ◆ 御聖訓「法華経は日輪のごとし」

 ◆ 「信心」が燃えれば「太陽」が昇る

 ◆ 心の闇を破って

☆ ヨーロッパの五月は、美しい。ある詩人は「うるわしの五月」と歌った。花の祭りが行われるところ

も多い。五月の太陽は美しい。五月の太陽は優しく、温かく、希望に満ちている。

 大聖人は四条金吾の夫人に、こう書かれている。

 「大闇をば日輪やぶる 女人の心は大闇のごとし 法華経は日輪のごとし」

(御書1114頁)――

大きな闇を日輪は破る。女性の心は(闇が絶えず)大きな闇のようである。

法華経は日輪のようである――。

 真っ暗の闇も、ひとたび太陽が昇れば晴れわたる。

妙法を唱え、妙法の信心を燃やせば、いかなる心の闇も消え去る。

ゆえに、胸中に「信心の太陽」を昇らせることである。人生は「心」で決まる。幸福も「心」ひとつで

決まる。

 ◆ 常に寄り合って

☆ この御手紙は、佐渡で書かれている。

(文永9年4月)ご自身の大難のさなかに大聖人は、名もない在家の女性を、渾身の力で激励された

のである。

そして「この手紙は(同志である)藤四郎さんの奥さんといつも寄り合って、読みなさい」と団結を

教えておられる。

 「一人の門下も、不幸にさせたくない」との大慈悲が迫ってくる御言葉である。

学会の婦人部も御書の通り、「常に寄り合って」進んでいる。

☆ これほどの乱世のなか、婦人の身で、真剣に信仰を貫いている。

その姿を大聖人は、『ただごとではない』と仰せである。

決して、当たり前のことではない。本当に不思議な、深い深い意味のあることなのである。

 ◆ 釈迦仏・普賢菩薩らが生命の中に

 「おのおの・わずかの御身と生れて鎌倉にゐながら人目をも・はばからず命おも・おしまず法華経を

御信用ある事ただ事とも・おぼえず」
(御書1115頁)

 ――― あなた方は、身分も低く生れ、しかも(迫害の強い)鎌倉に住みながら、人目もはばからず、

命も惜しまず、法華経の信心をされていることは、ただごととも思えません――。

 「釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各のご心中に入り給えるか、法華経の文に閻浮提

にこの経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし」(御書1115頁)

 ―――釈迦仏が、また(英知をの力をもつ)普賢菩薩が、(病苦を治す力をもち、法華弘通を誓った)

薬王菩薩が、(神通力で法華経を守護する)宿王華菩薩(しゅくおうけぼさつ)等が、あなた方の生命

の中に入られたのだろうか(そうでなければ考えられない不思議な御姿です)

 法華経の経文に「世界で人々がこの経を信じるとき、それは普賢菩薩のお力である」とあるのは、この

ことでしょう―――。

 ◆ 大聖人は婦人の戦いを『ただ事にあらず』と御称嘆

 ◆ 婦人部を心から尊敬し、感謝

 大聖人は、けなげに戦う婦人門下の生命の中に釈迦仏を拝しておられた。

普賢菩薩の力、薬王菩薩の力、宿王華菩薩の働きを、はっきり御覧になっていた。

 何と尊いことかと、称嘆なされていた。

婦人の懸命な戦いを当たり前のように思っては、この大聖人の御心に反する。御心に反すれば罪となる。

 私は、常に「婦人部を尊敬し、婦人部を大切に」と申し上げている。

 「広布に戦う学会員を尊敬し、学会員を大切にする」――― これこそが、御書に示された大聖人の

御心の実践である。

☆ また、生命に釈迦仏が入って働いている、その人が幸福にならないはずがない。

『普く賢い』働きの普賢菩薩が生命に入っていて、賢くならないはずがない。薬王菩薩が入っていて、

健康にならないはずがない。

 宿王華菩薩の『守護の力』もまた、広布に生きる女性の生命を包んでいることを確信していただきたい。

 ◆ 広布に働く「心」が我が身を飾る

☆ 「ただ心こそ大切」(御書1192頁)である。

 たとえば、会館で花を飾ってくださる。

その「心」が我が身を飾り、生々世々、花に包まれたような境界になっていく。

会館を大切にする人は、広宣流布を大切にする人だからである。

 また陰で、広宣流布の為に汗を流し、地道な労作業をしていく。その「心」が、我が身を「健康」

にし、我が生命を「頑健」にしていく。そのように「心」を見るのが仏の眼である。

 広布のために、勇んで働けば働くほど、我が生命に福運が充満してくる。仏法に絶対ムダはない。

☆ どうか「よき人生」を送っていただきたい。SGIとともに、楽しく、価値ある一生を生きていただ

きたい。

皆さまの「栄光」輝く人生をお祈りし、記念のスピーチを結びたい。ドイツにはまた何度もまいります。(大拍手)

池田名誉会長スピーチ集 創価のルネサンス 72から全文掲載しました。

第3回ドイツ最高会議 (1994年5月24日)

◆は、中見出し ☆は、「一、」の代用です。
※同スピーチの収録は、池田大作全集84巻にもありますが、若干添削されています。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)00時01分33秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
発音が一緒なので、知恵と智慧の違いが、今まで無知で知りませんでした
今まで知恵だけを頼りに生きてきた気がします
今の創価の会長、副会長、職員の方々に智慧ある人格者が見当たりません
同盟題目に集まる宿坊の智慧のある方々に囲まれ、御題目をあげられる事に感謝します
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月15日(火)22時59分40秒
  池田先生、奥様のご健康を祈ります。
よろしくお願い致します。
 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月15日(火)21時55分10秒
  末端信者様
ごもっともです。あのアマゾンの長いアドレスを載せると、スマホでは読みにくくなります。
せっかくですが私も無冠さんの投稿は帰ってから読みます。のつもりが忘れたりして。
アマゾンのアドレスは短縮形があったと思うのですが?
たぶん『実名告発 創価学会』はそれを使っているでしょう。

ついでに私も。
投稿の行間を見やすく空けるにはどうしたらいいのでしょうか?
前から訊きたかったのですが。
 

(無題)

 投稿者:末端信者  投稿日:2017年 8月15日(火)20時55分35秒
  無冠さん、saysaysayさん、サンダーバードさん、の最近の投稿で、
日蓮仏法2.0さんの投稿と同じ様に画面から文字がはみ出しているのが有ります。
以前のようにして頂けたら、読みやすいのですが、・・・・。
宜しくお願いします。

 

原田偽会長の過ち┐('~`;)┌

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 8月15日(火)20時41分31秒
編集済
  栃木の久保田です。ヽ(^○^)ノ

創価学会執行部と偽者会長の原田偽会長の数ある過ちの中で何が一番いけなかったのだろうσ(^_^;)?

考えてみたけど全てにおいて失敗だったのでは無いでしょうか?

そもそもアクセンチュア等を入れたのは誰だ(# ゜Д゜)

世界一の指導者の元で直接ご指導を受けて来たにもかかわらず(水面下では)何故長きに渡って先生の思想と真逆の事してきたのだ┐('~`;)┌

答はちゃんと御書に有りましたヽ(^○^)ノ

五老僧の末裔?イヤ?生まれ変りだからだねヽ(^○^)ノ

私の周りには信心の立派な人ばかりだ(池田先生のご指導に照らし合わせると)だけどヽ(^○^)ノ

五老僧の末裔には信心の立派な人は邪魔でしかないんだねヽ(^○^)ノこれは面白いことですよ!

(御書の通りの事をしでかしてくれる)

富士宮での女子部への卑劣なワイセツ行為?

そして暴力?

それを止めようとし注意した人に暴力だ?(# ゜Д゜)

クズを擁護し立派な信心の人を処分するとは?何事だよ(# ゜Д゜)

原田会長┐('~`;)┌自分で偽者の証拠をひけらかしてんじゃ世話(*>д<)よ(世話ねーよ!)

池田先生をお慕いし先生と共に戦ってきた人達を査問し、恫喝し、冷酷に処分してるのだから世の中おかしく成りますよ(*`Д´)ノ!!!

原田に告ぐ:信心正しきたった一人の池田門下を(大聖人門下を)いじめたり処分しただけで大変な事になるぞ(# ゜Д゜)

それをオメーらは多くの信心深き法華経の行者を処分してきた五老僧の末裔だ!その業からは逃れられないぞ(# ゜Д゜)

覚悟しろ(*`Д´)ノ!!!


 

無冠様

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)20時40分24秒
  ご協力ありがとうございます。
何しろ一人で何でもしなければならないし、資料も何もないので、応援・協力していただくと本当に助かります。
心から感謝申し上げます。
 

ど~にも、引っかかっているのデスが、原田怪鳥様、教えてくださぁ~い

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月15日(火)20時11分5秒
  昨日も投稿しましたが、政教珍聞1面、池田先生ご夫妻が創価文化センターを訪問との記事。

ナニか? 引っかかってましたが、「ご夫妻」って表現でイイんデスかぁ~?

そりゃあ、ご夫妻であるのは間違いないし、通常使われている丁寧語でもある。

でも、師匠デスよぉ~、例えば、安倍晋三ご夫妻とか、原田怪鳥様ご夫妻とか、そんなんと同列デスかぁ~?


ふと思ったのは、今までは、「池田先生・奥様が」とか「池田先生・奥様は」とか言われてませんでしたかぁ~?

原田怪鳥様、ど~にも、引っかかっているので、ゼヒ御教授くださぁ~い(笑)



 

お役に立てて嬉しく思います

 投稿者:無冠メール  投稿日:2017年 8月15日(火)20時01分13秒
  日蓮仏法2.0 様

お役に立てて嬉しく思います。「人間主義の・・・」出版以来、私自身の研鑽に役立っております。
私は、古くからの学会員で・・・戸田先生、池田先生の著書は、概ね保存できております。
本板にはそのような方々が多い様ですね。
今後とも何なりと申しつけください。
無冠



 

無冠様、再び感謝感激です!

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)19時00分43秒
  日蓮仏法2.0様  投稿者:無冠  投稿日:2017年 8月15日(火)18時02分8秒

私はこのスピーチをその場で直接聞いたいるはずです。このスピーチには珠玉のような素晴らしい指導がたくさん盛り込まれています。素晴らしいですね。納得し、感動の連続です。
海外なので先生に何度も接するチャンスに恵まれ、こうした人間主義の日蓮仏法で薫陶されました。だからこそ私は凡夫本仏論的思想にまったく自然に馴染んでいました。
拙書で当時の先生との出会いを記しています。
・・・1994年5月にフランクフルト市内の中華料理店で会食があった。私は先生と向かいのテーブルに座っていた。何かの折に私の方を向いて、「私の親戚の人があなたの本を読んだよ。良い内容だと言っていたよ」と、直接声をかけてくれた。遠回しな表現だったが、私の凡夫本仏論に関する著書を好意的に評価してくれたのである。(52頁)・・・

https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1502381599&sr=1-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

 

日蓮仏法2.0様

 投稿者:無冠  投稿日:2017年 8月15日(火)18時02分8秒
  日蓮仏法2.0様

今日はお盆休みでたっぷり時間ありましたので以下投稿します。
信濃町の人々様、準備されていたのですね。ありがとうございました。

第3回ドイツ最高会議 平成6年5月24日 ドイツフランクフルト近郊

 ◆◆ 「仏法」とは「人生の法」 ◆◆

 ドイツ総合文化センターの決定おめでとう。(大拍手)いよいよドイツがヨーロッパをリードしていく時代が来た。
 仲良く、どこまでも仲良く発展していっていただきたい。「仲良く」できる人が立派な人である。
 特に、リーダーは、皆に好かれることが根本要件である。
 組織には、さまざまな人がいるが、皆を大きく包容し、尽くしていくことによって、自分自身の境涯が拡大するのである。拡大した、その心に「仏界」は脈動している。
「偉大な功徳を皆に受けさせたい」。そう願う一念が大切である。「皆が幸せになってほしい」── 私には、その思い以外に何もない。

☆ きょうは少し難しい面もあるかもしれないが、「哲学の国ドイツ」であるゆえに、仏法哲学の観点から、少々、スピーチを残しておきたい。ドイツは西洋で最も早く仏教研究を始めた先駆の歴史もある。

 ◆ ネル―首相
  「仏が人間でなく神になったとき」インド仏教は滅亡

☆ 偉大なる仏教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。
 ネルー首相は、仏教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。
 アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、思索の結論を氏に語った。
 マルロー氏とは私も二度、対談したが、仏教に深い関心を寄せておられた。ヨーロッパに将来、仏教を基盤とする文明が生まれる可能性を否定できないとも語っておられた。
 ネルー首相の考察は次のようであった。
 「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。人類の生んだもっとも深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(そくいん=慈愛)の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」「しかし仏陀の神格化が行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

☆ 釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。
 日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を「諌暁」なされている。神にすがるのではなく、『妙なる法』を持つ「人間」として、神を動かされたのである。

 ◆ 人間が『いかに生きるか』を示す

☆ 本来、仏教は『人間の生き方』を説いたものであった。
 釈尊は「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。
そこには師弟の道があった。
 しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。
 今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、あがめているようである。
 「仏」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、『その生き方に続く』存在ではなくなった。
 師弟の道も見えなくなった。
 仏教が『人間の生き方』でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった
 ──これがネルー首相の結論であった。
 今、宗門にも、『人間の生き方』としての仏教は、まったくない。彼らは、大聖人の仏法を、「人間はこのように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。
 自分たちの堕落を正当化するための手段にした。仏法の滅亡の姿である。

 ◆ 「仏とは人間」「人間こそ仏」

☆ そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、『仏教を人間化する』戦いであられたと拝される。人間の実生活から遊離していた仏教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。
 「仏とは、人間(凡夫)である」「人間(凡夫)こそ、仏である」
 こう叫ばれた。
 当時、日本でも、阿弥陀仏とか、大日如来とか、「仏」を遠い、超越的なものとして説く仏教が流行していた。また法華経での仏も、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。それらを大聖人は逆転された。
 「日蓮本仏論」の思想的な意義も、ひとつには『仏教の人間化』にあったと拝される。
 諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」(御書1358頁)
 ──凡夫は本体としての三身であり、本仏である。仏は、(本体の)働きとしての三身であり、迹仏である──と仰せである。
 くわしくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「名字究竟」も、「等覚一転名字妙覚」も、「凡夫即極」も、『仏教の人間化』という観点から見るとき、その深義に、より迫れるかもしれない。
 妙法を信じ、行じる「人間」こそが、「仏」だということである。妙法の「信心」にこそ「仏界」はあるということである。

 ◆ 「私はこう生きた」との奇跡を社会に
大聖人の原点へ

☆ それでは、どのような「人間」が「仏」なのか。どういう生き方が「仏」としての生き方なのか。
 日蓮大聖人が教えられたのは、「社会のなかで三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。
 妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。
 そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。その道に続いているのがSGIである。、皆さである。皆さまこそ「仏」と輝く方々なのである。

☆ 創価学会は、大聖人の御精神どおり、仏法を『生活のなかで』、『人間の生き方』として実践してきた。
 大聖人が仏教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の仏法の信心の原点に返ったのである。「人間」に帰ったのである。
 あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信心は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」こそが、大聖人の仏法なのである。

 ◆ リーダーこそ誰よりも求道心を

☆ 組織においても、リーダーが、自分自身の『人間としての生き方』を常に問いかけ、向上していこう、成長していこうという息吹があるかどうかである。
 その求道心がリーダーにあれば、全体が躍動していく。自分が成長せずして、人を動かそうとすると、無理が生じ、そこから抑えつけたり、いばったりする幹部が出てくる。

 ◆ 科学者アインシュタインも、魂の人ガンジーも求めた究極の法
   科学と宗教を結ぶ法の探求

☆ マルロー氏に、ネルー首相は、こうも言った。
 「ガンジーの言った意味は、ほぼ、『神は個の人間にあらず、神は法なり』ということです。ガンジーはまた、不変の法とも言っています」(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)
 敬うべき対象は、人間とかけはなれた神ではなく、「不変の法」である、と。マルロー氏の答えは、鋭かった。
 「してみると、やはりそれはアインシュタインの断言したこととおなじですね。『もっとも驚嘆すべきことは、この世界が明らかにある意味を持っているということである』とアインシュタインは言っている」(前掲書、アンドレ・マルロー著)
 この世界、この宇宙は、でたらめの無秩序なものではなく、厳然たる法則にのっとっているとアインシュタインは考えたのである。
 ガンジーとアインシュタインを結ぶもの。宗教と科学を結ぶもの──それは「法」であると考えられる。
 トインビー博士も常々、「宇宙の背後にある究極の精神的実在」について論じられたが、私と対談した折、その『究極の実在』とは、人格神でなく、「法」であると思うと結論された。
 その「究極の法」に生きているのが、私どもである。人類文明の最先端にいることを自覚していただきたい。
 「神」は人間から超絶しているが、「法」は人間も含めた万物に普遍的なものである。正しき「法」にのっとって生きれば、平等にだれもが「仏」になり、「幸福」になる。妙法に生きる人が「仏」にならないはずがない。「絶対の幸福」を築けないはずがないのである。

 ◆ 御聖訓「法華経は日輪のごとし」
 ◆ 「信心」が燃えれば「太陽」が昇る
 ◆ 心の闇を破って

☆ ヨーロッパの五月は、美しい。ある詩人は「うるわしの五月」と歌った。花の祭りが行われるところも多い。五月の太陽は美しい。五月の太陽は優しく、温かく、希望に満ちている。
 大聖人は四条金吾の夫人に、こう書かれている。
 「大闇をば日輪やぶる 女人の心は大闇のごとし 法華経は日輪のごとし」(御書1114頁)―― 大きな闇を日輪は破る。女性の心は(闇が絶えず)大きな闇のようである。法華経は日輪のようである――。
 真っ暗の闇も、ひとたび太陽が昇れば晴れわたる。妙法を唱え、妙法の信心を燃やせば、いかなる心の闇も消え去る。ゆえに、胸中に「信心の太陽」を昇らせることである。人生は「心」で決まる。幸福も「心」ひとつで決まる。

 ◆ 常に寄り合って

☆ この御手紙は、佐渡で書かれている。(文永9年4月)ご自身の大難のさなかに大聖人は、名もない在家の女性を、渾身の力で激励されたのである。そして「この手紙は(同志である)藤四郎さんの奥さんといつも寄り合って、読みなさい」と団結を教えておられる。
 「一人の門下も、不幸にさせたくない」との大慈悲が迫ってくる御言葉である。学会の婦人部も御書の通り、「常に寄り合って」進んでいる。

☆ これほどの乱世のなか、婦人の身で、真剣に信仰を貫いている。その姿を大聖人は、『ただごとではない』と仰せである。決して、当たり前のことではない。本当に不思議な、深い深い意味のあることなのである。

 ◆ 釈迦仏・普賢菩薩らが生命の中に

 「おのおの・わずかの御身と生れて鎌倉にゐながら人目をも・はばからず命おも・おしまず法華経を御信用ある事ただ事とも・おぼえず」(御書1115頁)
 ――― あなた方は、身分も低く生れ、しかも(迫害の強い)鎌倉に住みながら、人目もはばからず、命も惜しまず、法華経の信心をされていることは、ただごととも思えません――。
 「釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各のご心中に入り給えるか、法華経の文に閻浮提にこの経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし」(御書1115頁)
 ――― 釈迦仏が、また(英知をの力をもつ)普賢菩薩が、(病苦を治す力をもち、法華弘通を誓った)薬王菩薩が、(神通力で法華経を守護する)宿王華菩薩(しゅくおうけぼさつ)等が、あなた方の生命の中に入られたのだろうか(そうでなければ考えられない不思議な御姿です)
 法華経の経文に「世界で人々がこの経を信じるとき、それは普賢菩薩のお力である」とあるのは、このことでしょう―――。

 ◆ 大聖人は婦人の戦いを『ただ事にあらず』と御称嘆
 ◆ 婦人部を心から尊敬し、感謝

 大聖人は、けなげに戦う婦人門下の生命の中に釈迦仏を拝しておられた。普賢菩薩の力、薬王菩薩の力、宿王華菩薩の働きを、はっきり御覧になっていた。
 何と尊いことかと、称嘆なされていた。婦人の懸命な戦いを当たり前のように思っては、この大聖人の御心に反する。御心に反すれば罪となる。
 私は、常に「婦人部を尊敬し、婦人部を大切に」と申し上げている。
 「広布に戦う学会員を尊敬し、学会員を大切にする」――― これこそが、御書に示された大聖人の御心の実践である。

☆ また、生命に釈迦仏が入って働いている、その人が幸福にならないはずがない。『普く賢い』働きの普賢菩薩が生命に入っていて、賢くならないはずがない。薬王菩薩が入っていて、健康にならないはずがない。
 宿王華菩薩の『守護の力』もまた、広布に生きる女性の生命を包んでいることを確信していただきたい。

 ◆ 広布に働く「心」が我が身を飾る

☆ 「ただ心こそ大切」(御書1192頁)である。
 たとえば、会館で花を飾ってくださる。その「心」が我が身を飾り、生々世々、花に包まれたような境界になっていく。会館を大切にする人は、広宣流布を大切にする人だからである。
 また陰で、広宣流布の為に汗を流し、地道な労作業をしていく。その「心」が、我が身を「健康」にし、我が生命を「頑健」にしていく。そのように「心」を見るのが仏の眼である。
 広布のために、勇んで働けば働くほど、我が生命に福運が充満してくる。仏法に絶対ムダはない。

☆ どうか「よき人生」を送っていただきたい。SGIとともに、楽しく、価値ある一生を生きていただきたい。皆さまの「栄光」輝く人生をお祈りし、記念のスピーチを結びたい。ドイツにはまた何度もまいります。(大拍手)

池田名誉会長スピーチ集 創価のルネサンス 72から全文掲載しました。
第3回ドイツ最高会議 (1994年5月24日)
◆は、中見出し ☆は、「一、」の代用です。
※同スピーチの収録は、池田大作全集84巻にもありますが、若干添削されています。
 

信濃町の人びと様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)16時31分27秒
  (無題)  投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月15日(火)16時14分42秒
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ありがとうございます。宜しくお願い致します。

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