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「珍・人間革命」第29巻の検証を終えて、総括してみました。

 投稿者:カンピース  投稿日:2018年 1月14日(日)15時13分53秒
  通報 編集済
  以前に「珍・人間革命」第29巻を各章ごとに、珍聞掲載と単行本を比べて検証してきましたが、全体としてまとめてみたいと思います。

「常楽」69話「力走」68話「清新」66話「源流」69話と全272話の収録に対して、

「常楽」81ヵ所「力走」56ヵ所「清新」62ヵ所「源流」81ヵ所と全280ヵ所に削除・書き換え・書き足し部分がありました。

平均しても全体として、1話に対して、1ヵ所以上の訂正部分が必ずあるということです。

私見ですが、この訂正部分は、約7割が、姓名・役職の内どちらかの省略、約3割が内容を損なわない程度の書き換え・書き足しでした。

しかしながら、中には、到底納得できない書き換え・省略部分もあり、訂正部分としてカウントはしていませんが、

明らかに、教学的におかしい部分や、宮田教学ともいえる新説(珍説)も見受けられます。

代表的なものを再度掲載してみたいと思います。

「常楽」11話から(珍・人間革命第29巻、P22より抜粋)
>「中国やソ連の問題、核兵器の管理、貧しい国々に対する援助、この面で日本が果たすべき責任などである。聞かれては、聞き返し、結局、意見はほぼ一致であった。」博士と伸一の再会は、インドでこそ果たせなかったが、・・・・・<

「常楽」11話から(珍・人間革命、珍聞掲載部分より抜粋)
>「中国やソ連の問題、核兵器の管理、貧しい国々に対する援助、この面で日本が果たすべき責任などである。聞かれては、聞き返し、結局、意見はほぼ一致であった。」(そして、伸一が、特に『アメリカと中国の関係』を憂慮していたと記している。二人の語らいに関する記述は、こう締めくくられていた。「(会長は)心から仏教を信じて尽きざる生命の本流へ立ち戻り、平穏この上もない悟りの境地へ到達するように熱心にすすめてくれた。私は信心を誓い、彼がその内インドへも行くというので、いずれまた、サルナートでこの続きをと、いささか意味深にうなずき合った。見送りにも、会員たちが勢揃いして、出迎え以上に盛んな拍手、ただもう感激の至りだった。」)博士と伸一の再会はインドでこそ果たせなかったが・・・・
( )内は省略部分

「常楽」17話から、珍聞掲載の書き換え部分(珍・人間革命、第29巻P32より抜粋)
>熱原法難でも、この渦中にあって大聖人門下であった三位房が退転し、不慮の死を遂げた。また、大聖人門下の迫害に動いた大進房、大田親昌、長崎次郎兵衛尉時綱らは現罰を受けた。まさに、この原理通りといえよう。<

「常楽」17話から、(珍・人間革命、珍聞掲載部分より抜粋)
>熱原法難でも、大聖人門下であった大進房、三位房の僧や、大田親昌、長崎次郎兵衛尉時綱らが退転し、行智一派に与して、害する側に回っている。まさにこの原理通りといえよう<

「常楽」44話から、(珍・人間革命、第29巻、P79より抜粋)
>そのなかにあっても、学会は、僧俗和合のために総力をあげて、一つ一つの事柄に、誠実に取り組んでいった。波浪は猛っていた。・・・・<

「常楽」44話から、(珍・人間革命、珍聞掲載部分より抜粋)
>そのなかにあっても、学会は、僧俗和合のために総力をあげて、一つ一つの事柄に、誠実に取り組んでいった。(この代表幹部会から十一日後に迎えた十一月十八日、本部総会の意義をとどめて、十一月度本部幹部会が、東京・荒川文化会館で盛大に開催された、席上、山本伸一は明一九七九年(昭和五十四年)は「七つの鐘」の総仕上げの年になることから、次の大いなる目標として、学会創立七十周年にあたる二000年をめざし、五年ごとに節を刻みながら新しい前進を開始していくことを発表したのである。それは、世界広宣流布への本格的な船出であり、一大平和勢力を構築していく新世界への旅立ちの号砲であった。)波浪は、猛っていた。・・・・
( )内は省略部分

これらの省略・書き換えは論外としても、他にも、文意を損なわない程度の書き換えは至る所に見られます。

教学的にも、また他にも、現体制を支持するがごとくの表現があることは見逃せません。

具体例を挙げれば、
>宇宙と生命に内在する根本の法こそ、南無妙法蓮華経であること<(源流54話P430より抜粋)
>戸田は、学会を「創価学会仏」と表現した。<(源流55話P432より抜粋)

まだありますが、こういったところでしょうか。

小生は「珍・人間革命」と揶揄していますが、創価学会の公式見解は、「新・人間革命」は先生が書かれていると言われています。

では、「永遠の指針」である「池田先生」が記述された文章が、なぜ、こんなにも省略され、書き換えされているのでしょうか。

実際に編集される方、決済される方は先生よりも偉いのでしょうか。

「山本伸一」を「伸一」とする程度ならまだしも、文意が変わらないからといって、多くの省略・書き換えは、会員への裏切り行為ではないでしょうか。

また、「弟子」の姿勢として、「師匠」が書いた文を、文意が変わらないから、といって、容赦なく省略・書き換えするのは弟子としていかがなものでしょうか。

そして、逆に言うならば、先生が直接書かれていないことを知っているからこそ、もしくは直接書かれていたとしても、

編集に関して確認を入れることが不可能であることを知っているからこそ、このような省略・書き換えが平気で行われているのではないかと思うのです。

第30巻に関しても、「楽しみにしてください」などと、まるで他人事のような物言いができるのは、こういった理由ではないでしょうか。

小生も逆の意味で「楽しみ」です。6章にわたる掲載が製本された際に、どうなっているか?

果たして、省略・書き換え部分がいかほどあるのか?

心して検証してみたいと思います。



 
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