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(発行=09.09.05)
また一人、忘恩の叛逆者が逝く
原島嵩、山崎正友に続いて福井の田賀一成も
被害者の会の幹事、「赤旗」で支援団体を批判
関西における叛逆者の中心的存在であった田賀一成(元福井県議)が九月三
日、福井市内の県立病院で前立腺ガンのため死去した。享年七十九歳。田賀は
平成四年二月十六日付で脱会届けを学会本部に、離党届けを公明党本部に送り、
三月二日には福井県庁で記者会見して、その旨を公表した。
以来、日顕宗・本縁寺(福井市内)の法華講に所属して幹事、講頭、総代を
歴任し、平成十六年四月に法華講連合会北近畿地方部の理事兼監事になってい
た。
なかでも平成六年十一月には山崎正友(昨年十二月二十九日に急死)の策謀で
結成した「被害者の会」の発足に参画し、竜年光や桑原春蔵(いずれも故人)
らと共に幹事に就任して、大恩ある支援団体を攻撃するという悪逆非道の行為
を続けた。
この「被害者の会」とは、山崎正友や妙観講の講頭・大草一男が陰で操る謀
略グループで、平成六年十月九日には大石寺の理境坊(住職・小川只道)に竜
や鹿児島県の山口優らと共に退転者約三十人が集って密議。この場で「被害者
の会」の具体的な案を練り上げた。
平成七年には「民主政治を考える会」と名乗る者達が内藤国夫と共謀して支
援団体を誹謗する「紙つぶて」を全国に一千五百万枚も配布した。これも田賀
が幹事を務めていた「被害者の会」の連中の仕業であったことが分かっており、
むしろ「加害者の会」というべきだ。
同会の事務所は新宿区砂土原町のビルに置いていたが、家賃も払えなくなっ
て、平成十四年五月末に撤退。「被害者の会」は今では壊滅状態である。
田賀は脱会した直後から共産党の機関紙「赤旗」のインタビュー記事に登場
したのをはじめ、週刊新潮、アエラ、フライデー、週刊ポスト、週刊現代、週
刊実話、選択、週刊文春、諸君、現代仏教、文化評論、慧妙など多くの三流誌
紙で支援団体に対する激しい批判を繰り返した。
そういう面では恩知らずの裏切り者である矢野絢也と酷似しており、政治家
としての倫理、社会正義に照らしても田賀の行動は許せない背信行為であった
と言わざるを得ない。
党員、支持者を裏切った忘恩の人生
田賀は退会した当時、その理由として「宗門から破門処分をうけた学会に見
切りをつけた」等々と語っていた。だが、信仰上の問題だけではなく、その行
動基準は損得勘定だとも言われていた。
つまり、公明党には議員定年制があり、田賀が離党した時は六十一歳で、任
期満了後は次の選挙に出ることができない立場にあった。そこで信仰上の問題
を奇貨として離党・脱会の好機とみて行動を起こしたのではないか、との見方
である。
田賀が市議、県議になれたのも党員や支持者の方々のお陰であり、裏切られ
た党員、多くの支持者が実に気の毒でならない。
裏切り者の石田次男、福島源次郎、桑原春蔵、信平醇浩、竜年光、原島嵩、
山崎正友らは次々に他界した。
知恩・報恩こそが仏法を信仰する者の道であるが、田賀自身は市議五期、県
議二期を勤めながら不知恩の人生で終わった。合掌。
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