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(発行=09.06.12)
中国副大支院長・長谷川章道を左遷
宗内に絶えない金銭トラブルと投書の波紋
日顕が阿部法胤に億単位の遊興費を無心
日顕宗の役付き坊主が、またも法華講の投書で左遷された。クビが飛んだの
は中国大布教区の副大支院長、東中国布教区支院長で岡山市・妙霑寺住職の長
谷川章道(五八歳)である。これは金銭トラブルが原因だと言われている。
実は、平成八年十二月にも突然、中国大布教区と東中国布教区のトップ人事
が発表され、その時に長谷川が抜擢されて、前任の秋山義道が解任された。こ
れは長谷川が秋山について「大客殿解体に関して猊下を批判した」旨、宗務院
に告げ口したためであった。
まるで戦国の世の下克上だが、因果応報! この度、解任された長谷川はセ
クハラ坊主で「お金にも汚いが、信心も言動も最低で勤行もしない」との評判
である。
この長谷川は京都・妙清寺に移り、代わって妙霑寺に入るのは、これまで妙
清寺にいた菅原信了(七三歳)に決まった。
つまり、長谷川と菅原が入れ替わる訳だが、本号では岡山の妙霑寺から京都の
妙清寺への異動が、何故、左遷になるのかを説明する。
妙霑寺は昭和三十一年八月、学会が建立寄進した大規模な寺院で同五十一年
十一月に現在地に移転。信徒数も他の寺に比べると多く、供養も相当額が集ま
る。
片や、妙清寺は同五十七年十一月に宗門が建立した安普請の寺。信徒も少な
く、供養も集まらない。この寺にいた菅原は日顕の弟子で、高齢でも隠居せず、
裕福な寺に移る日顕人事である。
妙清寺に限らず、京都の檀家は一般的に多額の供養をしない、というのが日
顕宗内で定評になっている。
その点について関係者の一人が「京都の檀家は供養を坊主が遊興費に浪費する
のを知っているため、余り供養しない」と語る。
というのも、以前、日顕が京都・平安寺にいた頃、供養を湯水の如く浪費し
て遊蕩に耽っていた事実を見聞しているためだというのが専らの見方なのであ
る。
それに対して、妙霑寺の法華講は渋々ではあっても、それなりに供養する。
妙霑寺には「上客」が多いのだ。
金で決まる宗門人事
金遣いの荒い日顕は平安寺時代、豪遊の費用を貰うため、神奈川・持経寺に
いた兄弟子の阿部法胤の所へ頻繁に足を運んでいた。事情通によると「億を超
える金を無心した」という。
また、日顕は「盗座」後も、この兄弟子に貢がせていた。元奥番の僧は「昭
和六十二年、持経寺住職の阿部法胤氏が段ボール箱を持って日顕に目通りに来
た。住職が帰った後、その箱を運んでいたところ、日顕が『一億円だ』と箱の
中身を教えてくれた」と衝撃的な証言をしていた。
この法胤は既に他界し、息子の義雲は横浜の法運寺にいるが、これが札付き
の悪侶。始末に負えない大酒飲みの乱暴者である。その弟の阿部信光は日顕を
罵倒して正信会に走った。
こんな義雲の悪行を宗務院に報告しても、お咎めは一切なし。それは父・法
胤が日顕に億単位の金を提供したからだ。
無謀な総登山と大結集のノルマに苦しんでいる最中、坊主は投書されないよう
に法華講のご機嫌伺いに神経をすり減らすか、ニセ法主に大金を貢か、どちら
かだ。
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